2019.05.21
「『令和狂騒曲』に想う」

 2019年4月1日、テレビをつければ新元号に「令和」が決定したことを「これでもか、これでもか」と映し出される。加えてニュース番組では新聞各社の号外に群がる人々の様子が流される。
 中でも異彩を放ったのが安倍総理の演説である。曰く、「厳しい寒さのあとに春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように一人一人の日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいとの願いを込め、令和に決定いたしました」
どの新聞、どのテレビ番組の解説をとっても、安倍首相の「国書」へのこだわりに触れている。記者の質問に対しても「我が国は歴史の大きな転換点を迎えていますが、いかに時代がうつろうとも日本には決して色あせることのない価値があると思います。今回はそうした思いの中で、歴史上初めて、国書を典拠とする元号を決定しました」と答えている。
 どうも今までの元号が中国の古典からの引用されていることに異を唱えて、日本の文献から引用したと強調したいようだ。
 そもそも「国書」とは何か。小学館の「デジタル大辞典」によれば、一つに「元首がその国の名をもって発する外交文書」であり、二つに、「漢籍・仏典・洋書などに対して、日本で著述された書物。和書。」のことである。
 安倍首相が「歴史上初めて、国書を典拠とする元号を決定しました」と胸を張っていることからみれば、「日本で著述された書物。和書」を指しているとみて間違いなかろう。 そして出典とされる「万葉集」がそれにあたる。と述べているわけだが、なぜもこうまで「国書」にこだわり、胸を張るのかが解せない。
 よくよく考えてみれば、漢字そのものは中国から伝承されてきたものであり、万葉集の原文も漢文からなっている。
 奈良時代の花鑑賞といえば梅を指していた。しかも梅は、遣唐使を介して中国との交易が盛んだったころ、中国の文化、物品も多く日本に伝わり、その中の1つが梅であり、当時は桜よりも人気があったといわれる。
その人気ぶりは、『万葉集』に詠まれた桜の歌は43首であったのに対し、梅を詠んだ歌は110首に及び、梅は桜の倍以上詠まれていることを考えれば、「万葉集」そのものは「日本古来の書」と言えても、内実は「中国」からの伝承による影響を受けているのだ。
 日本の「漢字」は中国からの伝来であっても、漢文のみの文化から「平仮名」を発案し、独自の言語を形成してきた。よく言われることだが、中国の文官登用試験の「科挙」などの制度を、「公務員試験」などに導入しても、「纏足」(てんそく=女性の美は「小さな足」にあると称して足に布を巻き、足を大きくしないようにした風習)などは切り捨てている。中国文化を丸呑みしているわけではないのである。どこの国から来たなどということとは関係なく、日本固有の文化を形成させてきたのである。
【「万葉集」からの出典は初の国書からの典拠だとして、政府は得意げだが、皇室で和歌を教えてきた、岡野弘彦さんは指摘する。
「大和言葉を使った和歌ではなく、漢語的な表記で歌われた和歌です。あの時代、宮廷で仕える役人は、中国の漢文を使うのが普通ですから、これまでの元号と変わりはありません」】(「AERAdot」4月8日)
 こうした要因で決められた元号「令和」。なぜこうまでして、中国から伝承された漢字文化まで否定し、万葉集まで持ち出して「国書」からと声高に話さなければならないのだろうか。
陶器・磁器も中国・韓国からの職人の移住によるものである。外国からの輸入文化は他にもいろいろとある。
日本は外国からの慣習や文化を輸入し、それを基に独自の変化を成し遂げさせてきた。それは決して卑下するものではない。むしろ誇りに思ってもいいことだ。
それなのに、なぜ外国からの輸入と素直に認めた上で、日本独自の文化へと発展させてきたと言えないのだろうか。
人間はある日突然「無」から何かを発見するものではない。仏教的にいえば、物事には原「因」があり、結果とつなぐ「縁」があり、その上に結「果」が生まれる。「因果」や「因縁」の言葉もそうした経緯から生まれたのだ。でも私たちは「仏教用語」などと意識せずに、こうした用語を使っているではないか。
自分を見つめなおし、他人を認め、尊重することで人間社会は成り立っている。元号を「漢文」から引用したから日本人らしくないとでも言うのだろうか。明治維新そのものが、外国に「追い付け」「追いぬけ」と始まったものではないのか。新しい習慣が、日本古来のものではないからといって何ら恥じることはない。輸入した習慣に日本らしい味付けをして出来上がっているのが新しい習慣であり、文化を作り上げたのだ。
己だけが絶対的に正しいと主張し、他人を認めないことになれば、人間社会は成り立たない。自分がかわいいのと同じように、他人もまた自分がかわいいのだ。「1+1=2」を他人から教わったにしても、そこから演繹して新しい理論を生み出しても、「1+1=2」の価値は不変だ。現在の自分の存在に確信があるなら、そうした自分を育てたあらゆる環境に感謝すればいいのであって、自分の、あるいは自国の存在のみを絶対視して、育て上げてくれた環境まで無視してはならない。
今の中国や韓国に不満があろうが、古(いにしえ)の事実まで否定することはできない。いや、むしろ、中国や韓国を通じて輸入された慣習や文化を、日本独自の文化に昇華させてきたことにこそ誇りを持てばいいのである。
必要以上に、元号を「国書」からと強調する自民党が、多くの議員が参加している右翼の集団である「日本会議」とダブってしまうのを避けようがない。
平成天皇の退位さえも利用しているように思えてしまう。何か私たちが知らない目的があるのだろうか。
 「令和」を考案した国文学者の中西進氏が、5月4日に富山市で講演した際の次の言葉をしっかりかみしめてみたい。
【「和」は、聖徳太子の十七条憲法の「和をもって貴しとなす」につながるものだとしたうえで、「代々の宰相は十七条憲法を尊重しているので、今の宰相にもぜひそうしてほしい」と安倍晋三首相に呼びかけた。
中西氏は、十七条憲法は外国との激しい戦争を経験した直後につくられ、いまの憲
法の制定時と時代背景に共通点があると指摘。「(十七条憲法は)故国を喪失した人たちが力を合わせて平和憲法をつくった。非常に崇高な切実な願いを持っている」と述べた。安倍首相への呼びかけは「国民の一人として」の気持ちだという。】(5月4日
「朝日新聞デジタル」)
 さらに中西氏は、【「元号は文化だ」と強調。令は「麗しい」、和は「平和」「大和」を指すとし、「令和は『麗しき平和をもつ日本』という意味だ。麗しく品格を持ち、価値をおのずから万国に認められる日本になってほしい、との願いが込められている」と持論を展開した。】(5月10日「時事通信オンライン」)
自称西暦派としてはどちらでもいいのだが、あまりにも国書、国書とこだわることが、素晴らしい「万葉集」そのものの価値を貶めることになってしまう気がしてしまうのである。

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