2019.06.03
組合役員が大内伸哉氏・太田肇氏の指摘から学ぶべきこと

これからの労働組合活動を考えていくのに、とても示唆に富んだ本を2冊紹介します。
1冊目は、大内伸哉2019『会社員が消える―働き方の未来図』文藝春秋新書です。
第4次産業革命によって、大企業がなくなり、日本型雇用システムが崩壊し、これまでの働き方が通用しなくなる、という指摘です。
さらに、テレワークが普及し、「労働者は、もはや企業に雇用や賃金の安定を頼ることはできず、プロ人材としての自分の力で職業人生を切り開いていかなければならない」(P.100)とも述べています。
大内氏は、「今後、大企業が減少していくと、労働組合の存在意義はますます小さくなることが予想される」(P.180)としています。
「企業別組合の中心となる正社員が減少し、その働き方が変われば、企業別組合も変わらざるを得ないだろう」(P.183)、「労働組合も、企業を基礎とした団結ではなく、専門とする職業を軸とした横断的な連帯となっていくだろう」(PP.184-185)と「現代版ギルド」の登場を予測しています。

さらに、大内氏はフリーで働くことを前向きに捉え、「労働者は、他人の指揮命令下で働かなければならない(これを『使用従属性』または『人的従属性』という)、多くの者は企業との間で交渉力に差があり、不利な労働条件で働かざるをえなかった(これを『経済的従属性』という)」関係性から解放されるメリットをあげます。
しかし、フリーで働くことがデメリットとなる現実も同時に指摘し、「第4次産業革命後の時代には、新たに中心となるフリーの個人自営業者のためのソーシャル・セキュリテイを構築していくべき」(P.178)とも指摘しています。
ここに労働組合の未来の組合員がいることを、大内氏は指摘しているように私には思えます。
さらに、大内氏は「企業が人材を『つくる』ことをしなくなる以上、職業教育の場も企業以外に求めざるを得なくなる」(P.221)とも指摘しており、ここからも労働組合の未来の事業が読み取れます。

2冊目は、太田肇2019『「承認欲求」の呪縛』新潮新書です。
太田氏は、「組織や社会は、人々の承認欲求から生まれる意欲や努力の恩恵を受けて発展し、繁栄を遂げている」(P. 20)と「承認欲求」の重要性・大切さを認めながら、「日本人の自己有効感や自尊感情、自己肯定感が低い」(P. 28)ことから、「『認められたい』が『認められねば』に変わるとき」(P. 56)、それが病になっている危険性を「承認欲求の呪縛」と呼んでいます。
「一般的にいえば、華々しく賞賛され、大きな名誉や名声を得た人ほど、その反動も大きくなりやすい」(P. 74)、「まず知っておいてほしいのは、承認によって得られたものの多くは、承認されなくなったら失われるということだ」と病化する過剰適応型(承認や期待がプレッシャーになる)構造を指摘しています。
さらに、太田氏は、「ほめてやる気を引き出し、生産性を上げようとするのも『搾取』と紙一重だということになる」(P.118)と指摘。「企業はそこから経済的な利益を得ながら、働く人には心理的(主観的)報酬だけですませようというのは、やはりフェアではない」(PP.119-120)と警告を発しています。

私が、労働組合の役員がこの著書から学ぶべきと考える一番のポイントは、太田氏の、企業不祥事に対するエリートの罪に関する指摘です。
太田氏は、「承認欲求の呪縛」を引き起こす3つの要素を次のように定式化しています。
「(認知された期待-自己効力感)×問題の重要性=プレッシャーの大きさ」
この定式から、エリートは自分に対する周囲からの高い期待=「認知された期待」と、エリートの仕事に対する自信=「自己効力感」のギャップを埋めるすべを知らないと、「承認欲求の呪縛」から逃れられなくなり、コントロールされて、気づいたら法に触れることをしていたというケースになる、という指摘です。
そして、太田氏はこうも指摘します。
「要するに取締役や労働組合幹部は、一般社員以上に企業不祥事をチェックする責任があるにもかかわらず、すでに大きな承認を得ているために、むしろ一般社員以上に『承認欲求の呪縛』から逃れられないのである。関係者すべてが会社という共同体に依存して、呪縛に陥っている実態がそこから見て取れる」(PP.154-155)としています。
労働組合がコンプライアンスに取り組むにあたり、「承認欲求の呪縛」が背後で働いて、エリートとしての組合役員は、自企業に対してますます忠誠に振る舞おうとする心情になっていることを、客体化しておく必要があります。

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