2019.06.21
イギリスでは労働組合が政党を作っているのに日本では...

 いよいよ参議院選挙は近づいてきた。この時期、労働組合は組織から候補者を擁立したり、あるいは支持する政党の候補者を推薦したりと、選挙活動に取り組むことになるが、推薦されない政党からの非難は気にならないが、肝心の組合員の理解を得るために苦労が多い。

 労働組合が政治活動に取り組む必要性は歴史が証明している。もともと労働組合を必要とする資本主義社会は、1600年代に起きたイギリスの市民革命(名誉革命ともいう)によって生まれた。

 資本主義という経済システムは、その誕生から労働組合を必要としていた。それはなぜなのか。

 資本主義は利益の追求を第一義として発展してきた。利益を上げることによって、その利益を投資に回し企業の拡大を図りながら、経営者自らの懐と資本を提供してくれる投資家を潤してきた。経済が飛躍的に発展する1700年代の産業革命では、資本主義システムの矛盾が誰の目にも明らかにされてしまう。その矛盾とは利益追求のために労働者・国民に犠牲を強いることなのである。この犠牲の本質は今も残されているし、労働組合の活動によってその犠牲を大きく減少させてきたのである。

 労働組合や市民の活動で改善されていなかった社会とは一体どのくらい酷かったのか。
【大部分の人間は起きている間中、機械に縛られ、男も女も子供も、まことに恥辱的な条件のもとで1日16時間、週6日の労働を強いられていたのである。

 彼らは耳をつんざく蒸気エンジンとガチャガチャという機械の騒音、換気もない埃だらけの空気の中で、満足に息もできない状態におかれた。監視者は、最大限の生産を上げるべく、労働者を駆り立てた。製品に傷をつけたり居眠りしたり、窓の外を見たりすると罰せられ、おまけに彼らは、安全装置もないシャフトやベルトや弾(はず)み車の事故の危険、また職業病や疫病の恐怖に絶えずさらされていた。事故はしょっちゅう起こり、不具者になったり死ぬ者も後をたたなかったのである。

 しかし、これら工業化時代初期の犠牲者に対して、工場側はほとんど何の救助策も施せなかった。】(「エントロピーの法則 Ⅱ」J・リフキン)
【それから間もなく、様々な社会的装置が考え出され、初期の産業社会にあふれていた苦痛や醜悪さを抑制したり、改善したりするようになった。(中略)下水システム、ゴミ収集、公園、病院、健康保険や災害保険などの制度、公立学校、労働組合、孤児院、養護施設、刑務所、その他多種多様な人道的、慈善的な事業があった。どれも貧乏人や病人、不幸な人間の苦しみを軽減することを目的としたものだった。十九世紀後半には、今あげた例をはじめ、様々な施設や制度が次々に生まれ、都市の膨張によってそれらが必要とされてくるのとほぼ足並みをそろえて活動を開始していった。】(ウィルアム・H・マクニール著「世界史」〈下〉)

 もうおわかりだろう。資本主義という経済システムは、生まれた時から利益を最大限求める宿命を持ち、その時々の使用者によって労働者は過酷な労働環境におかれてきたのである。そして労働組合や心ある市民団体の手によって、使用者の行き過ぎを是正させ、時には法律によって規制してきた。その法律が今日の労働基準法などの労働法となったのである。

 こうして歴史を振り返れば、今日の週休二日制の労働時間も、労働災害の補償もすべて労働組合活動による法制化の積み重ねによるものであることに気づく。

 とくに産業革命の発祥地であるイギリスでは、労働組合の誕生自体が社会の法律や制度、習慣に対して絶え間ない活動を続けることが求められていたことによって、労働組合が政治に対して影響力を発揮することが使命ともなっていたのである。その歩みは、労働組合が政党の設立に積極的な役割を果たすことになっていく。

 1906年、イギリスの労働組合は自ら政党を結成する。それがイギリスの二大政党の一翼を担う労働党に発展していく。

 このように欧米の労働組合は、組合員の生活向上を果たすには、政治課題や社会問題の解決に政治活動が欠かせないものとして、政治と積極的にかかわりを持つようになったのである。

 一方、日本の労働組合は、その結成時期(1945年)が終戦後の混乱期ということもあり、政治や社会の制度への関心よりも、自分たちの労働条件、すなわち、わが社の賃金や一時金(当時は「越年資金」とも呼ばれた)を第一義にした活動に特化しなければならなかった。

 こうした活動の繰り返しは、企業内の労働条件改善の活動が中心になり、政治を通じて改善を図る社会の制度改革、あるいは社内の制度よりも「おカネ」に限定した活動が続くことになる。

 前々号でもふれたが、春闘そのものさえ、政治環境(経済政策)に左右される現実があるにもかかわらず、政治と労働組合の間に深い溝ができてしまったのである。

 近年になってようやく連合運動で政策・制度活動が採り入れるようになったが、それでも未だ、労働組合が積極的に政治活動に寄与すべきというところまでは至っていない。政治と労働条件は別物という意識が、組合員の意識の中に沈殿しているのが現実なのだ。

 組合員の政治意識の欠如は、言い換えれば日本の労働組合運動そのものが、政治的、社会的課題が組合員の生活に欠かせないにもかかわらず、自社の労働条件に限定する意識、あるいは、労働組合が政治に口出しをするのは誤りという意識を作り上げてしまったともいえるのである。

 しかし、もし、労働組合が政治的課題や社会的課題に対して声を上げなければ、今日の労働環境は昔のままだったのである。当たり前のことがなかなか理解されない現実。たとえば、【従業員がその処遇に不満を抱かない理由が、世間並にあるからというのも、「世間並み」は労働組合の努力によって作られたものであり、決して経営者の判断で作られたものではない。従業員の不満がないことが、経営者の努力の証ということではないのである。従業員の不満がないのは、多数の労働組合の努力によって作られたものだからである。】ことからもはっきりしている。

 多数の従業員、多数の国民が、突きつけられている現在の課題、たとえば、将来年金は貰えるのかという不安、「将来のことは自己責任」などという流行り言葉で不安の種を増やし続けるのも、あるいは、株式市場がひとたび下落の波を受ければ、自分たちが積み立ててきた年金原資が紙くずになる今の仕組み、それらはすべて政治が決めているのである。もし労働組合が政治に無関心になれば、社内の労働条件だけで組合員の生活の改善は図れないのは明らかだ。

 もし労働組合が本当に組合員の生活環境の改善を図るのなら、7月の参議院選挙にどのような方針をもって臨むのか、政治への取り組みを避けては通れないのである。

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