2019.08.01
「組合員の組合離れ」への打開策(下)

 前号で、組合員が組合活動に関心を示さない、参加しないという状況の背後に、山田昌弘教授と本田由紀教授が指摘する若者心理(刹那的な現状肯定感や自己責任感)があり、「組合員の組合離れ」に対処するには、このような若者心理への対応が求められていると述べました。
このような若者心理が生まれる背景について、社会学者の古市憲寿氏は『絶望の国の幸福な若者たち』講談社(2011)で、「1970年代以来当たり前とされてきた『いい学校、いい会社、いい人生』モデル(日本型メリトクラシー)が崩れた。大企業は、年功序列、終身雇用という日本型経営をもはや若者に提供できなくなった。そんな『中流の夢』が崩壊した時代に、今の若者たちは生きている」(65頁)からだ、と指摘しています。
さらに、「1980年代以降...『不安がある』と答える20代は、1980年代後半には4割をきるものの、...1990年代前半から上昇し始めて、2008年には67・3%に達する。一方、『不安はない』20代は、バブル崩壊以降ずっと減少傾向にある。半数以上の若者が、自分のことを『幸福だ』と感じながら、同時に『不安だ』とも思っている」(100頁)とも紹介しています。

 古市氏は、若者がこのような心理状態になる原因を、次のように述べています。
「元京都大学教授の大澤真幸(52歳、長野県)は、調査回答者の気持ちを以下のように推察する。人はどんな時に『今は不幸だ』『今の生活に満足していない』と答えることが出来るのだろうか。大澤氏によれば、それは、『今は不幸だけど、将来はより幸せになれるだろう』と考えることができる時だという。
将来の可能性が残されている人や、これからの人生に『希望』がある人にとって、『今は不幸』だと言っても自分を全否定したことにはならないからだ。
逆に言えば、もはや自分がこれ以上は幸せになると思えない時、人は『今の生活が幸せだ』と答えるしかない。つまり、人はもはや将来に希望が描けない時に『今は幸せだ』『今の生活が満足だ』と回答するというのだ」(102~103頁)。
さらに、「統計的に社会貢献したい若者の数は増加しつづけているのに、実際の活動に参加する人はそこまで増えていないのか。なぜ若者の投票率は下がる一方なのか。それは、日常の閉塞感を打ち破ってくれるような魅力的でわかりやすい『出口』がなかなか転がってはいないからだ」(一一二~一一三頁)。
「ここに、若者の興味を『公共』や『社会』や『政治』に向かわせるためのヒントがある。なぜ『社会』に関心がある若者が世論調査上は増えているのに、実際に動き出す若者が少なかったのかと言えば、彼らと『社会』をつなぐ回路が不在だったからだ」(181頁)。

 ただし、若者と社会をつなぐ回路について、古市氏は何も述べませんが、私は労働組合がパイプ役を担うことに、果敢に挑戦すべきだと考えています。その挑戦が、若者たちに労働組合の存在価値を認識させるものとなるはずです。
労働組合が取り組むべき挑戦のヒントが、同著の中で次のように示されています。
「幸せな若者の正体は『コンサマトリー』という用語で説明することができる。コンサマトリーというのは自己充足的という意味で、『今、ここ』の身近な幸せを大事にする感性のことだとおもってくれればよい」(104~105頁)。
「1970年に充実感や生きがいを感じる時に『友人や仲間といるとき』に充実感を抱く人は38・8%だったが、1980年には58・8%にまで上昇、1990年には64・1%になり、1998年以降は約74%前後で安定している。この数値は国際的にみても高いものとなっている」(107頁)。
「もはや『若者文化』と呼ばれるものがない時代で、『一人じゃない』ことを確認するためには、物理的に『仲間』と一緒にいるのが一番手っ取り早い。社会学者の山田真茂留氏(38歳)も、現代の若者がアイデンティティの根幹を、身近な人間関係など様々な『関係や集団の参与それ自体』に求めるようになっていることを指摘する」(一〇八頁)。
「この『仲間などの身近な関係を大切にする姿勢は、その集団の外から見れば『内向き』に見えるのかもしれない。...事実自分の所属する仲間たちのコミュニティを大切にする若者たちは、『ムラ社会』の住人のようである。...大学卒業後、一つの企業だけに働き、出世レースに明け暮れて、趣味と言えばゴルフとマージャンくらいしか知らない『お父さん』のほうが、僕から見ればよっぽど『内向き』に見える』(109頁)とあります。

 嗅覚の優れた組合役員なら、労働組合がどのような活動を推進すれば、現代の若者たちに向けて存在感を高め、ひいては組織率の向上にも結びつけることができるか、お解りいただけることと思います。

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