2020.01.06
日本の労組が企業別組合になった本質―栗田健の企業別組合論(下)

栗田健著・『日本の労働社会』(1994)で、「組合役員に求められる資質は、もはや労働運動の指導者としてのイデオロギー的強靭さやカリスマ性ではなく、企業内における労使の利害関係のバランスを測る能力や、それを的確に表現する能力になったと言える。彼らの役割にとって情報ルートや意思疎通の人脈は重要な武器となり得るために、それを蓄積することが組合役員にとって重要な課題になった」(一八七頁)と指摘していることは、前月号で紹介しました。
これに関連して、栗田は「職制機能と労働組合機能の重なり合う領域でのこの役割の微妙なあり方は、規模の大きい企業においては、職制でもあり組合員でもある『役付組合員』が、組合の意思決定に重要な地位を占めることによって保たれた」(一八七頁)と述べています。

そして、「協調的な労使関係においては、企業別組合の機能の担い手は、経営の労務管理の担い手とほぼ一致しており、組合機能は下部職制の価値基準によって選択され、彼らの影響力を媒介として発揮される傾向を帯びる、......職制が持つ機能及び価値基準と、組合員としてのそれとは、本質的に異なるものであるはずであるが、現実の組織の中ではそれが一致せざるを得ないところに、企業別労働組合機能の特殊性がある」(一八八頁)と読み解いています。
つまり、栗田の「企業別組合」論は、尾高が発見した会社と組合双方に好意的なプロプロ(PP)型タイプの生成の根拠と背景を説明するものといえます。

さらに、栗田は日本の労使関係がどのように形作られているのかについても、次のように説明しています。またそれが、プロプロ(PP)型が果たす機能の説明ともなっています。
欧米諸国では、「職制には労働者の利益を代表する機能はもとからないから、......企業環境の悪化は欧米では労使関係の緊張を増大させるが、日本では逆に鎮静化をもたらすことになる。石油危機に際して、先進諸国が国民経済の構造を歪めてまでも労使関係の安定を図らざるを得なかったのに対して、日本経済が比較的に早期にこの危機を脱した。その後圧倒的な国際競争力を確立したことは、このような労使関係構造抜きには考えられない」(一九三頁)としながらも、日本では、「労働組合自体を、経営組織の末端に転化させる危険性も帯びている。企業別組合の機能がこのような危ういバランスの上に立っている」(一九四頁)とし、「現在の労使関係において、労働組合が経営の補完機構に終わることなく、組合独自の領域を確保しうる可能性が、職場組織の自律的労働者集団としての機能を組合が最後までサポートし得るか否かにかかっている」(一九四頁)と、あくまで肯定的に企業別組合の存在意義とその可能性を指摘しています。

だから栗田は、「労働者の従業員集団としての存在様式を中軸とする日本の労使関係では、企業活動から生じる問題の多くが職場組織内部の問題に転化されているため、本来ならば労使関係の機関によって処理されるべき問題が、職場組織のさまざまな段階に配分される」(一九五頁)、と述べています。
そのため、「日本の労使関係の危機は『労・労関係』として現象するのである。......労働者としての幸せな生活を望みながらも、......管理される地位からの脱出を追求する行動様式は、労働者を『立場』によって相互に分け隔て、同時に『立場』を理解し合うことによって相互に結合させる。この二面性は個々の労働者の内部に絶えず葛藤を生み出し、労・労関係は個々の労働者の葛藤の集積とし形成される」(一九六~一九七頁)と指摘しています。

よって、「戦後の労働運動が分裂に分裂を経験した理由は、......第一組合が敗北したのは、......多くの組合員がその差異を、指導者が言うように、克服すべき本質的対立と考えなかったからであった」(一九七頁)、と分析しています。
つまり、栗田が展開する「企業別組合」論の結論は、「職制を含めた従業員相互の利害関係を組合内部で調整できない組合活動は、発展の展望を持つことができない。......労働組合運動は、そこで働く労働者のための運動であり、その労働者たちが必ずしも組合を離脱するような、労働組合運動と労働者の行動様式との間のズレは、労働組合が未だ日本の労働者を本質的な意味で組織し得ていないことを示している」(一九八頁)、との論を展開しています。
今日の労働組合の最大の課題と言ってもよい、組合員の組合離れの問題には、以上のような、栗田が指摘する企業別組合の本質を念頭において、企業別組合を必然とした日本の労働者の心情に思いをはせながら、組合活動を展開していく必要がある、と筆者はとらえています。

参考文献
・栗田健(1994)『日本の労働社会』東京大学出版会

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