2020.02.03
日本の労働組合の特質~二村一夫の企業別組合論~

企業別組合を考える時、栗田健の企業論と共に欠かせないのが二村一夫の企業別組合論です。
二村一夫(1994)「戦後社会の起点における労働組合運動」渡辺治ほか『日本近代史4戦後改革と現代社会の形成』(岩波書店)によれば、日本で労働組合の組織が企業別組合になったのは、「日本には、西欧型の自律的なクラフト・ギルドの伝統が欠けており、それが日本で職能別組合が育ちえなかった」(39頁)ことと、「工員と職員が同一組織に属する、いわゆる『工職員混合組合』である」(39頁)ためと指摘しています。
しかも、戦前も企業別組合であったことに変わりはなく、「戦前の日本の労働組合は基本的にブルーカラーだけの組織であった。また『工職混合組合』は、日本のほかあまり例はなく、その意味で『工職混合』こそ『企業別』とともに、戦後日本の労働組合の特質として重視するべきである(39頁)」としています。
そればかりか、1950年の国勢調査の産業分類による雇用者数から、労働組合によるホワイトカラーの組織率の推計は51.1%で、ブルーカラーの44.5%を超えていることを示しています。
そしてさらに、「ホワイトカラーは単に、量的に大きな比重を占めていただけではない。戦後初期の労働運動全体を主導したのは、ほかならぬホワイトカラー組合であった」と指摘します。

さらに、日本の労働組合の特質である、企業別組合・工職混合組合の生成の根拠について、二村は、1920年代以降の大企業における労働者の新卒採用、企業内養成、年功序列による定期昇給、定年まで勤める長期雇用慣行が確立したことで、企業別に封鎖された労働市場で企業別の組合が成立したとしています。
ただし、「『終身雇用』といっても、今日のように、正規従業員全員を対象とする『権利に近い慣行』となったのは戦後のことで、それも1950年代の合理化反対争議を経た後の高度成長期のことであった」(50頁)としています。

二村氏は、日本にクラフト・ギルドの伝統が欠落していた理由に、徳川時代の日本には西欧のような自由都市は存在せず、都市住民はみな武士の支配下にあったため、職人組織は存在したものの、ギルドに比べて自立性は弱く、入職規制もゆるやかであったことを挙げます。
そればかりか、欧米では初期の労働組合の主な担い手は職人であったのに、日本では職人の組織も運動も極めて弱体であったことを指摘して、「企業の枠を越えて連帯感をもつ強固な『同職社会』を基盤とした『労働社会』が歴史的に形成されなかったことが、日本の労働者が職能別や産業別組織を選ぼうとしなかった原因である(51頁)」と指摘しています。
さらに、「日本の労働者が理屈抜きで仲間と感じるのは、同じ職場、同じ企業で働く者である。競争社会の従業員に対して同じ階級の一員としての連帯感をもつことは、自然な気持ちとしては生まれ難い」(五一~五二頁)と述べています。
だから、「雇用が保障される限り新技術の導入に抵抗しないこと、職務配置の柔軟性、工職混合組合など、日本の労使関係の特色が生まれた理由を理解することができる」(52頁)としています。

何より日本の労働組合が、工職混合組合として誕生した重要な根拠としては、「身分差別撤廃」の要求が、日本の労働組合運動の本質としてあったからです。
二村氏は、それを「身分差別撤廃の要求は、何も戦後になって突如として生まれたものではない。その背後には、長年、日本の労働者がいだいていた根深い憤懣があった。...戦前から労働争議の時などに、さまざまな形で噴出していた。...日本の労働者にとって本音の要求は『人並みに扱え』ということ、つまり自分達も企業の一人前の構成員として認め、能力や努力を正当に評価せよ、というにあった」(60頁)としています。
そしてそれが、戦後の労働組合の経営への民主化要求のなかでも最重要課題として採り上げられつつ、「企業に働く者全員が、企業経営に関するあらゆる問題に発言し、決定に参加できる企業」(63頁)を目指して、経営協議会制度の確立を図っていたことが、企業別組合運動のポイントである、としています。
ただし、問題は「日本の労働者は昔から差別に敏感で、その排除を要求してきたからといって、彼らが平等主義者だったわけではない」(60頁)ことです。
二村氏は、「それは『人間としての平等』という考え方によるものでなく、その集団の正規の構成員に対して、個人的な事情を考慮して処遇(するべきという)...こうした『公平感』こそ、労働組合が男女の性別差別の是正にあまり熱心ではなかった一因である」(61頁)としています。
よって、「今後、かりに労働組合運動が再活性化することがあるとすれば、それは現在の企業社会では『一人前の構成員』として認知されない層=女性従業員が、『私たちも人並みに』と要求して運動する時であろう」(72頁)と二村氏は予告しています。

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