2020.09.01
わが国労働者は「キャリア自律」をどのように獲得するのか?

コロナ禍がなければ、2020春闘の勇気と希望の源泉になったであろう山田久(2020)『賃上げ立国論』日本経済新聞社も、砕かれてしまいました。
「大手の賃上げ この7年間で最低―経団連が8月3日に発表した今春闘の大手企業の賃上げ率(ベースアップと定期昇給分)は加重平均で2.12%(7096円)と、前年の2.43%(8200円)より下がった」との新聞報道を目にして、暗い気持ちを引きずりながら、あらためて山田氏の主張を振り返るべく「終章」を読み返してみました。
そこで生まれたのが、タイトルにした問題意識です。
山田氏は、「長く活躍し続けるために必要な資質」として「生涯賃金3割増」を実現するために「その成否を決める最終的なカギ」は、「『キャリア自律』すなわち『自らのキャリア形成に対して主体性を持つこと』である」とされています。
このように「キャリア自律」の必要性を述べる背景には、「わが国では『職能型』あるいは『就社型』の雇用が基本であり、企業が高い雇用保障責任を担う代わりに、キャリア形成は企業に任せてきた」との認識があることが述べられています。
このような認識は、山田氏に限らず「キャリア」※を語る多くの研究者に共通する認識でありましょう。

この現実をリアルに示すのが、リクルートワークス研究所の天野天江(2020)「集団から個人に移る労働者の"Voice"―5ヵ国比較調査にみる日本の現状」日本労務学会第50回大会自由論題発表論文です。
天野氏は、日本・アメリカ・フランス・デンマーク・中国で、民間企業で働く大卒30~40代を対象にした調査から、日本では「キャリア自律は浸透していない」という事実を明らかにしています。また、その原因「日本的雇用のもとでは、職務がいかようにでも変わりえる雇用契約を入社時に一度結ぶだけである。日本企業では、企業主導で人材配置を柔軟に行えるように、全社共通の等級制度や給与制度を整備しているため、処遇決定の個別性が低い」ので、「労働者のキャリア形成に対する姿勢そのものが受動的にならざるをえない」と分析されています。
さらに、天野氏は、「働き方の多様化や労働市場の流動化により、個人単位の発言の重要性は増すばかり」なので、「日本において、個人が希望の働き方を追求できるようにするには、これまで企業内部で閉じられていた報酬決定システムを透明化し、労働者の関与余地を高め、転職環境の整備が期待される」とされ、リクルート社ならではの主張を展開されています。

この点に関して、山田氏の主張は、「キャリア自律」というと、「転職できる能力を身に付けるとか、...資格取得が目的化してしまうなどの誤解が生じる」が、そうではなく、「現場で長く活躍し続けること」、そのためには「新たな専門能力を連続的に身に付け、困難な仕事をやり遂げるジェネリックスキルによって、新しい分野のプロフェッショナル(スペシャリスト)として活躍し続けることが重要」だとしています。
そしてさらに、「キャリア自律」には、「切磋琢磨できるライバルが存在するとともに、困ったときに助け合うことのできる仲間が集う、自らの居場所となる職業コミュニティーの存在」が必要であるとして、「メンバーが意識的・主体的に信頼関係を築き、前向きになれるちからを与えてくれるコミュニティーを、職場においても再建することは重要である。とりわけ労働組合にそうした役割を期待したい」としています。
そればかりか、「働く人々の実情をよく知り、まさに働くものの立場に立って一人ひとりをサポートできるのは、企業内労働組合ならではの立ち位置である」と主張されています。

天野氏の主張は、労働組合の経験やその世界に立ったことのない人から見れば自然であり、山田氏のような主張は、労働組合に造詣の深い方ならば、そのような視野となるのも必然でしょう。
いずれにしろ、「キャリア自律」が雇用の確保や賃上げを可能にするものである、との知見に違いはなく、それは「個々人の主体的な行動」に依拠するものであることは共通しています。
だとすれば、次の問題は、この「キャリア自律」を獲得する、できる現場はどこなのか、ということになります。
筆者は、この「キャリア自律」のための「個々人の主体的な行動」の現場とは、「個別的労使関係」の現場だと考えます。言い換えるならば、企業に労働組合組織があろうがなかろうが、今日の人的資源管理の普及によって、目標管理制度や人事考課制度は、ほぼどこの企業にも存在します。この目標管理制度や人事考課制度での面談の場こそ、「キャリア自律」を獲得する現場であり、これらの制度を労働者が逆活用(目標管理は業績達成のための能力開発のPDCAサイクルに、人事考課は能力開発のためのフィードバックに)していくのです。
山田氏の「労働組合の役割としての職場コミュニティーの形成」という知見を引き継ぐとすれば、今日の労働組合は、組合員一人ひとりが、目標管理制度や人事考課制度で、納得のいく面談(交渉・協議)ができるように、そして、「キャリア自律」できるように、すなわち、コミュニケーション・スキルを育成することに、全力を挙げて組合員・労働者を応援する時代なのです。
またそれが、コロナ禍にあっても、2021春闘を「賃上げ立国論」へと導く王道なのではないでしょうか。

※「キャリア」という概念について、小池和男先生が、「わが国の状況にもとづき、わたくしがつくった概念である」(小池和男、1977『職場の労働組合と参加』東洋経済新報社、p.4)として、「企業内移動のコースをキャリアと呼ぼう」と述べています。「仕事につきながらの訓練」であり「企業内の配置が熟練をきめる」と主張をされ、技能の習得は「企業のなかのしくみによるところ大となった」としています。

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