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2020.10.01
偽りなき能力主義を追求すべき時代が来た(上)

「労使関係の制度」と「労使関係のルール」という場合に、「制度」と「ルール」は似たような言葉ですが、明確に区別して理解する必要があります。この使い分けができること、理解できることが、今日の組合リーダーに求められます。
それは、石田光男(1990)『賃金の社会科学』中央経済社が、日本の「労使関係の制度」という場合は、三種の神器(終身雇用、年功賃金、企業別組合)をあげてもよいが、日本の「労使関係のルール」という場合は、「能力主義」である、としているからです。
日本の労使が、企業内の従業員の処遇上の格差を、いかなる基準=ルールで考え・設定しているのか、また、その政策(賃金体系:筆者注釈)およびその背後に存在する思想として「能力主義」があることを理解しておくことが、これまでの労働組合活動の歴史的総括やこれからの労働組合活動の戦略戦術を考えるにあたり、とても重要です。

日本型「能力主義」の原点は、日経連能力主義管理研究会報告(1969)『能力主義管理―その理論と実践』日経連出版部です。
同報告書では、能力主義管理とは、「従業員の職務遂行能力を発見し、より一層開発しさらにより一層有効に活用することによって労働効率を高める、いわゆる少数精鋭主義を追求する人事労務管理諸策の総称である」と定義づけ、その理念は「企業における経済合理性と人間尊重の調和にある」としています。
石田氏は、労働者が求める「能力」とは、日本人の庶民感情として表出される「学歴」差をこえて、「人柄」とか「人格」の良さ・高さにより、仕事が「よくできる」という評価をくだすもの、と要約しています。
日本型「能力主義」には、「何人も学歴や年功にとらわれることなく能力に応じて平等に扱われ、能力の開発と発揮に従業員一人ひとりが主体的、意欲的にとりくみ、そこに積極的な個人の生き甲斐と活力ある企業、ひいては生き生きとした明るい社会の建設につらなる社会哲学がある」、と指摘しています。
そしてさらに、日本型「能力主義」管理の周到さとして、この労働者の意識に潜む「能力」観のみを鋭角的に突出させることを避けて、年功制の長所(能力主義と重なる限りでの年功制)は残したことや、小集団活動などの集団主義は積極的に活用することを忘れなかったとして、日本型「能力主義」管理の見事さを指摘しています。

したがって、戦後に多くの労働組合が査定幅の縮小や査定の撤廃を闘ったが、しかしそれらの闘争が大概敗退したことを取りあげ、また、その敗退の原因を企業の労務管理の強さ(企業にとりこまれた企業別組合の弱さ:筆者注釈)に求める捉え方は誤りである、としています。
そのことが、かの電産型賃金において組合の手により「能力給」が設定されたという事実や、鉄鋼に職務給が導入された根本原因に関する総括(総評・中立労連春闘共闘委員会編『職務給と賃金体系闘争』[総評調研シリーズNo.36、1965年、p.33、鉄鋼労連千葉利雄氏の発言1965])を取りあげ、組合員の中に不明瞭不定形ではあるが「能力」差を処遇に反映させて、張り合いのある賃金を望む気持ちが、日本の労働組合運動に重い制約として課せられていた、と述べています。

さらに石田氏は、こうした日経連の能力主義による人間把握は、現実に存在する日本の勤労者のエートスの深部に共鳴しあうものであった、と分析されています。そればかりか、「能力主義」の理念上の最も華麗な部分は、社会主義なのであって、それ故に組合も「あらがえない」のであった、とまで書いています。
だからといって、この日経連の「能力主義」管理に対し、労働組合側は何の対応もせず、ただ受け入れていったわけではありません。経営側の労務管理に対抗して、労働者の公平観の把握→改鋳の作業にのりだしていたこと。そして、その対抗策は、内容の出来・不出来を別にして、横断賃率論(産業別最低賃金の実現など)と、年齢別ポイント賃金論であった、と指摘しています。
ただし、横断賃率論も年齢別ポイント賃金論も、経営側の「能力主義」的秩序化に正面から向かい合ったものではなく、ただ控えめに35歳の労働者に人並みの生活を保障してくれと言っているにすぎないものだった、と述べています。
それは、労働組合として、職場に働く個々の労働者の賃金格差はこうあるべきだという思想が持てぬために、周到に回避していたものであった、と表現しています。

なぜ、労働組合は、あるべき賃金体系を持とうとしなかったのでしょうか。
それは、ある種の経験主義からして、持つことは危険であると自覚していたからだ、と石田氏は指摘します。
そのように分析する事実証拠として、総評調査研究所(1971)『横断賃率論とその批判』総評調研シリーズ第21集に収録された全逓の宮崎真一氏の発言を、次のように紹介しています。
「賃金体系の具体的目標あるいは横断賃金といいますと」「職種別に格差が設けられた賃率が決められる」ことになるが...「これを大衆討議でやれということは、...統一を強めるという意図でやられたものであってもむしろ統一を弱める結果になりはしないだろうか。」

その上で、石田氏は、当時の執行部の苦悩は、職場労働者の状況、公平観のありようが、必ずしも自分達執行部の労働組合運動論が要請する公平観のあり様とは重ならない、という深刻な事情を反映したことに、言及します。
そのことを、組合執行部が持つ労働者思想や組合政策に結晶するような内実を持った職場労働者の営為が確固として存在するわけではなかった、と分析しています。
だから、当面無理のない、大幅賃上げや、体系についてはその都度問題になった点をその場その場で取り上げる、という方針をとる他はなかったのだ、としています。
そして、労働組合側の賃金体系問題は、昭和40年代中葉の時期を境に、以降は、生産性基準原理の提唱を中心とする水準問題に比重が完全にシフトしていった、と述べています。
またそれを、格差設定の基準という「仲間割れ」の起きそうな問題から身をひき、問題を賃金水準一般に解消させる以外なかった、としています。

ここまで読んで来て、気の早い読者の役員の皆さんの中には、「いったい、何を言いたいのだ」「来月号まで待てない...」という方もおられるかと思います。
そこで、来月号の予告を兼ねて申し上げましょう。
世界的なコロナ不況によって、もはや統一的に賃上げの水準を引き上げる春闘の限界は明白です。それを続ければ続けるほど労働組合の必要性が、組合員からも失われていくことでしょう。
翻って言うならば、もはや統一的な賃金闘争の推進も出来なくなったのだから、労働組合が長年避けてきた賃金体系の議論に踏み込むチャンスが出てきたのではないか、ということです。
またそれをしないと、非正規労働者の組織化も、同一労働同一賃金もお題目に掲げているだけで実態的に取り組めず、社会的責任を果たせない労働組合として社会的価値すら失うのではないか。もちろん、いまも経営側が推進する成果主義的賃金体系への移行・割合増加に対し、労働組合は経営側に一方的に押し切られているとの印象を組合員に与えてしまうだけではないか、と筆者は心配をしているのです。

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