j.union株式会社

労働組合の活動を
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2021.01.27
二足の草鞋① vol.2

「1年だけ組合役員をやってくれないか?」
「君がやってくれたら僕は今年で組合役員を辞めたいと思っているのだが?」
......
「分かりました。1年だけなら......」
そんなやりとりをして、単組の支部執行委員に立候補し選出されてから、昨年がちょうど50年、半世紀であった。
いま、前線で懸命に活動を続けておられる方々に、昭和の戯言、古い話を持ち出しても一蹴されるのではないかとの気持ちも大いにある。

一方で瀬古利彦さんが行ったマラソン強化のための意識改革は、利害を超えた代表選手選抜のための大会、MGCの立ち上げと、昭和の泥臭い練習の復活にあるという。
昨今、日本のマラソンが男女とも層が厚くなり、強い選手が生まれてきている。隠れた立役者はあの公務員マラソンランナーであると瀬古さんはいう。
学ぶべきことはいくらでもある。その気さえあれば...

「初心忘るべからず」という。
初心には「是非の初心」「時々の初心」「老後の初心」とがある......。
私自身この機会に、「是非の初心」はじめ、歩んできた道を振り返って眺めそして考えてみたい。その中からお役に立ちそうなエピソードを恥を忍んで吐露してみたい。少しでもお役に立てていただければ望外の幸いである。
組合役員だった私には、膨大な資料から労働運動を解読するような仕事は得手ではない。労使関係や労労関係などの体験から学んだこと、運動の推進とそこに携わる人間模様、
そこから気づいたこと学んだことを紹介してみたい。

話を元に戻そう。
商品開発部門のエース、事業部の運動クラブ、バスケット部のキャプテンであったその方には有形無形のお世話になっていた。とりわけバスケットの練習、試合の後など時間を見つけて仕事の話に耳を傾けてくれアドバイスをしてくれた。そして何度となくゴチにもなった。
そんな方からの依頼であり断りづらかった。いや断れなかった。
それまで労働組合の活動には関心も興味もなかった。
あの頃は就業後、執行部と職場の意見交換の場というべき職場会がメインであった。
春闘の回答指定日のころの土曜日には上部団体の決起集会があった。
4/末~5/初のGWのど真ん中5/1にはメーデーがあった。
参加を求められたが帰省することを理由に、事前に不参加届と事前カンパ金500円を拠出して欠席していた。模範組合員ではなかった。

就任要請を引き受けた翌日、役員選挙の立候補者一覧が張り出されていた。
選挙があると言われていたことを思い出した。
慌てて職場の上司に報告に行った。
部長は既に知っているようであった。あの方が話をしていたのであろう。
「二足の草鞋は大変だ。しかしどちらもしっかりとやってほしい。声がかかるということは君にも職場にもいいことだ。体には気を付けて」と。
職場の仲間、先輩は驚きでいっぱい「なんで?」「大丈夫か?」
終わりの方では「しっかりやれよ。応援は絶対する。(困ったら)言ってくれよ」と激励してくれた。
誰も話の順序が違うとは言わなかったから余計に辛かった。
黙って頭を下げた。
しばらくは会う人、会う人に次々と声をかけられた。
マクラは「なんでや?」「大丈夫か?」
オチは「がんばれよ」「また呑みに行こう...」と。
寮の悪友、飲みダチも激励と気合いを入れてくれた。
だんだんと事の大きさに気が付きだした。
落ち着かなくなって気のおけない人間には手伝えと高飛車に言ってしまったりした。それでも二つ返事でよしと、言ってくれた、ありがたいと思った。

食堂で執行部選出の全員集会が行われ一人一人が立候補の決意表明を行った。
定員と立候補者が同数で信任投票の選挙で全員が信任された。
執行部での担当は福祉対策部長と政治部長に決まった。

次号では支部委員は無論、支部委員を補佐する職場委員すら経験のない新執行委員が悪戦苦闘する模様について述べてみたい。

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