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2021.02.21
経営者の勝手な振る舞いを諫めてきた労働組合の歴史

ときおり耳にするが、労働組合のない企業の経営者や従業員から、「わが社は、世間並みの処遇や民主的な企業運営をしているから不満もなく組合を必要としていない」という声を聞く。自分たちが世間並みに支給され満足している労働条件そのものは、実は、組織されている労働組合が汗水流して作りあげたものである。

言い換えれば、その企業も従業員も、他の労働組合と企業が作り上げた水準を確保していることによって自らを納得させ、自らは労働組合の存在を否定するという矛盾に満ちた考え方をしているに過ぎないのである。いわば、他者依存の典型なのである。怪我の心配がないような職場環境を作ることを目的にした労働安全衛生規則も、週休二日制の労働時間などを定めている労働基準法も、すべて過去の労働組合の活動の集積によって定められたものだ。

今、自分が満足している「処遇条件」や「労働環境」は、労働組合が中心になって築き上げてきたものである。その現実の上にいて、労働組合を否定することは自己否定にも通じる。過去の組合運動の恩恵にあずかりながら、組合を否定する。そこには、他者依存の心根が覗いているが、せめて、自分たちが満足している労働環境であるならば、今度は次代の人々のために、自らも労働組合活動を通じて役割を果たすべきなのだと思う。

それでは、いまや当たり前となっている現在の資本主義経済体制、空気のように存在する労働組合、そして働く環境を定めている労働法、その歴史をたどってみよう。


今日の近代的な市民社会といわれる社会は、学校の社会科で習ったようにイギリスの「名誉革命」によって生まれる。1688年~1689年、イングランド王位をめぐってクーデターが起こり、時の王・ジェームス2世は1688年12月11日、亡命に走ったものの捕えられた。しかし、処刑して同情が集まるのを恐れた新権力者により、フランスへの亡命が認められた。このようにイングランドでの革命は無血で成し遂げられたために、無血革命、あるいは名誉革命といわれている。

しかし、スコットランドやアイルランドでは無血ではなかったために、歴史学者の間では「無血革命」の呼称に反対の意見が多いともいわれる。

この名誉革命は市民革命ともいわれるが、市民革命とは、封建的・絶対主義的国家体制を解体して、近代的市民社会を目指す革命を指す歴史用語である。一般的に、啓蒙思想(神、理性、自然、人間に関する観念が一つの世界観に統合され、多くの賛同者を得て、芸術、哲学、政治に革命的な発展をもたらした17~18世紀のヨーロッパの思想運動のことを言う=ウイキペディア)に基づく、人権、政治参加権、あるいは経済的自由を主張した「市民」が主体となって推し進めた革命と定義されている。代表的なものには、イギリス革命(清教徒革命・名誉革命)、アメリカ独立革命、フランス革命などがあげられている。

したがって、「市民」には、封建・絶対主義から解放され、自立した個人は、財産も所有できる自由が保障されるから、商人・資本家という二つの側面をもつことになる。市民革命は表裏一体をなすこの二つの側面を両立させなければならない。だから、革命によって誕生する市民社会の形成には、資本主義の発達が不可欠であり、私的所有の絶対を原則とする資本主義社会の成立が必要だったといわれている。

余談になるがロシア革命もこれに分類されることがあるが、プロレタリア革命とは、資本主義社会から社会主義、共産主義社会の実現を主張しているものなので、市民革命とは性格を異にしている。王政から共和制に移行する1848年革命(フランスの2月革命、ドイツ・オーストリア・イタリア・イギリスの3月革命などの総称)、1871年のパリ・コミューンなどは一般的にプロレタリア革命に分類される。

こうした革命の定義は、西ヨーロッパ世界の様式を前提としており、中国の「辛亥革命」や日本の「明治維新」など、世界各地で起こった政治的変化・革命・独立戦争はこれらに分類しきれず、現在も議論の余地が残っているとされる。

また、ベルリンの壁に代表される共産党支配から脱した東欧革命は、市民革命と同等であると考えられている面もあるが、いまだ評価は定まっていないという。


さて話しを本題に戻そう。 

封建制度から革命(イギリスの無血革命・名誉革命)によって近代市民社会が生まれるが、資本主義制度からなる市民社会は、三つの原則から成り立っている。
一つは、「財産権の尊重」、二つは、「契約自由の原則」、三つに、「過失責任の原則(自己責任の原則)」である。

一つ目の「財産権の尊重」というのは「私的所有権の保障」と同義語で、資本や設備などの生産手段の私有で成り立つのが資本主義経済であるから、まさに資本主義経済の根幹になる考え方なのである。

二つ目の「契約の自由」とは、契約関係は契約する双方が独立して自由な合意に基づいて成り立つと考えるから、労働者が働いて賃金を得る使用者との契約も、双方が自由な意思で合意した契約として扱われることになる。

三つ目の「過失責任の原則」は、人は故意、または重大な過失がなければ、その損害に対して一切責任を負う必要がないというというものである。

この三原則は当時の社会だけに通用したものではない。現代の社会でも通用している原則なのである。

「財産権の尊重」というのは、今では当たり前のこととしているので敢えて説明する必要はないだろう。ただ、この考え方が確立されたことによって、今日の資本主義経済システムが誕生したのである。

「契約自由の原則」は、私たちが会社に就職するときに交わす労働契約にも適用されている。労働契約は、就職する私たちと、採用する会社側が、双方とも自由な意思で合意したもので尊重されなければならないものとして扱われる。

ところが、街に失業者があふれ、企業の募集があれば多くの労働者が就職しようと殺到する。失業市場から抜け出そうとするために、労働条件や労働環境が悪くても我慢を強いられる。そのために劣悪な労働条件と労働環境が蔓延し、それも「契約自由の原則」によって、労働者は自由な意思で契約したとみなされることになる。

「過失責任の原則」は、人は故意、または重大な過失がなければ、その損害に対して責任を負う必要がないということは、たとえば、今日の火災による損害賠償問題を考えれば合点がいく。自分の家が火災を起こしてしまった場合、火災の原因が自分の故意、この場合は放火ということになるが、もうひとつ、重大な過失、すなわち社会常識から見て明らかに自分が重大な過失をして火災を招いたような場合、この二つの場合は、火災によって近隣に類焼を及ぼした場合に賠償責任を負うということで、そうでない失火は賠償責任を負わなくて良いということになる。

しかし、これが労働災害だった場合には問題が起きる。仕事中に災害を被ったときに、それが使用者の故意、あるいは重大な過失があったと証明できなければ損害賠償を求めることができないことを意味する。労働災害を受けた者が、使用者の故意や過失を証明することは至難のことだ。その結果、賠償を受けられず、結局は泣き寝入りに甘んじることになってしまう。いかに労働者にとって不利な考え方であるかがわかる。

このように、せっかく市民革命によって新しい社会が生まれても、労働者は過酷な生活を余儀なくされるから、町には失業者があふれ、時には餓死や自殺者も後を絶たない惨状を呈してしまう。

この窮状を改革しようと立ち上がったのが労働組合で、会社側と交渉しつつ、一方では多数の市民の賛同を得て議会を動かし、法律(それが労働法)を持って使用者の勝手な振る舞いを禁じていったのである。この歴史こそが、冒頭に述べた汗を流して労働組合が確立してきた私たちが安心して働ける労働環境なのである。
 

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