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2021.03.21
大河ドラマ「青天を衝く」で描かれる経営者像

経営者が利益を上げるためにどうするのか。自らの経営能力を縦横に駆使して会社の発展を図る。
問題は人間である従業員を単なる生産要素として扱っているのかにある。
従業員が人間でなければ、どのように扱おうと問題にならないかもしれない。しかし、人間であれば「人間としての生存権」を尊重しなければならないし、「人間の尊厳」を尊重しなければならない。

この「生存権」も「尊厳の尊重」も、昔から容認されてきたわけではない。近代産業社会の誕生を象徴する「産業革命」の時には、今では信じられないほど、過酷な労働環境の中で働かせられていた。

NHK大河ドラマ「青天を衝け」で日本の資本主義経済のシステムを確立した渋沢栄一の一生が放映されている。

私たちにとってこのドラマは二重三重の意味で関心を持つべき番組で、それは日本の資本主義の父とまで言われた渋沢栄一の経営理念こそが、今日の資本主義社会が失ってしまった大事なものであることを認識させるからである。

渋沢栄一の経営理念とはなんなのか、江戸時代末期から明治時代にかけて多くの実業家が出現し、企業の巨大化、グループ化を目指し、後の財閥を形作っていく。
しかし、渋沢栄一が民間実業家として500社とも言われる民間会社を設立しながら、財閥とは一線を画し、財閥すら作らなかったのは特筆に値する。

そんな渋沢栄一が唱えた経営理念は「道徳経済合一説」といわれるもので、本人の著書である「論語と算盤」にも著されている。
その趣旨は【経済の利益追求は当然とした上で、その根幹には道徳が必要である】というもので、これは国の経済の中核である企業活動は、国や人類全体の繁栄に責任があると考えていることから生まれたものである。
また、近江商人に代表される近江商法にも同じような理念が唱えられている。

明治より遙か前、江戸時代中期ともいうべき宝暦4年(1754年)、現在の滋賀県東近江市出身の麻布商、中村治兵衛が孫の遺した「書置」の中に次のような表現が記されている。

【たとえ他国へ行商に参り候ても、この商内物、この国の人一切の人々、心よく着申され候ようにと、自分のことに思わず、皆人よき様にと思い】とあり、
【「知っている人も知らない人も、その国の人々が商品に満足することを優先し」「高利を望まず、『天道のめぐみ次第』と考えて」商売をするように】と説き、「自分のことよりもお客のことを考え、行き先(商売に回る地方)の人のことを大切にして商売をする」という商道徳を示したものである。

この話から、滋賀大学で名誉教授まで務めた小倉栄一郎氏(故人)が、1988年発行の著書で、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の精神は「近江商人の三方よし」の経営理念として記したことで、近江商人の「三方よし」の表現が世間に広まったと言われている。

近江商人から大企業に成長した伊藤忠商事、丸紅商事に、今もこの「三方よし」の経営理念が生き続けているのかは知るよしもないが、はっきり言えることは、渋沢栄一の「道徳経済合一説」にしろ、近江商人の「三方よし」にしろ、現代社会における企業経営者に一番欠けている点ではないかと思える。
その根底には、儲ければいいということではなく、企業活動が消費者にどう見られているのかに注意を払っている姿勢に示されている。

さらに、同じ近江の外村与左衛門という人が、1700年(元禄13年)に創業した、繊維総合商社の「心得書」には、「(商品を)売って悔やむくらいがちょうどいい」という表現があるそうだ。
そして「お互いに納得いくような堅実な相手と取引を続けていけば間違いない」と記している。
その一方で、ヨーロッパにおける資本主義は、社内においては過酷な労働環境、社会においては理不尽な生活環境を強いてきた。

【大部分の人間は起きている間中、機械に縛られ、男も女も子供も、まことに恥辱的な条件のもとで1日16時間、週6日の労働を強いられていたのである。
彼らは耳をつんざく蒸気エンジンとガチャガチャという機械の騒音、換気もない埃だらけの空気の中で、満足に息もできない状態におかれた。監視者は、最大限の生産を上げるべく、労働者を駆り立てた。製品に傷をつけたり居眠りしたり、窓の外を見たりすると罰せられ、おまけに彼らは、安全装置もないシャフトやベルトや弾(はず)み車の事故の危険、また職業病や疫病の恐怖に絶えずさらされていた。事故はしょっちゅう起こり、不具者になったり死ぬ者も後をたたなかったのである。
しかし、これら工業化時代初期の犠牲者に対して、工場側はほとんど何の救助策も施せなかった。綿のようにくたくたに疲れて、労働者たちは窓もないあばら家へ帰っていく。7,8人で一つのベッドを使うということも珍しくはなかったし、そのあばら家の不潔さも恐るべきものであった。蓋もない溝に、ゴミや糞尿は垂れ流しにされ、家じゅうが悪臭フンプンとし、工場廃棄物は積りに積もっていた。その中で病気が蔓延する。チフスやコレラが流行し、町で生まれた赤ん坊の二人に一人は、5歳を待たずに死んでいったのである。】
(「エントロピーの法則 Ⅱ」J・リフキン)

こんな世が長く続くはずはなく、その後【様々な社会的装置が考え出され、初期の産業社会にあふれていた苦痛や醜悪さを抑制したり、改善したりするようになった。例えば、都市警察のような、近代国家の公共秩序のための基本的制度が作られたのも、1840年代以降のことであった。これに劣らず重要なものとして、下水システム、ゴミ収集、公園、病院、健康保険や災害保険などの制度、公立学校、労働組合、孤児院、養護施設、刑務所、その他多種多様な人道的、慈善的な事業があった。どれも貧乏人や病人、不幸な人間の苦しみを軽減することを目的としたものだった。】
(ウィルアム・H・マクニール著「世界史」〈下〉)

こうした過酷な労働環境は何も外国だけの出来事ではない。日本においても、

【明治15年の調査によれば全国工場の52.5%は製糸工場で、全工場労働者の69%は女工、その約80%は製糸女工であったといいます。すなわちわが国の工場労働者の6割ないし7割は女工で、しかも圧倒的多数は製糸、紡績等における20歳前後の、心身共に未成年者であり、しかも14歳未満の少女が初めにはその1割を占めていたのでした。明治30年代のマッチ工場で軸並べに5,6歳の幼女をすら使用していたという事実はあまりに悲惨な話でありました。】
(「日本女性の生活史」樋口清之)

そして今もなお、経営者の中に利益のために消費者や従業員を無視した経営を続ける会社もある。
「福井県あらわ市の小林化工は、出荷のために効率を優先し皮膚病の薬に睡眠導入剤を混入させて業務停止命令を受ける」不祥事が報じられた。
それでも世の人々に次のような経営者がいることに耳を傾けてほしい。

【私はこれまで全国津々浦々1000社以上の企業を訪問し、たくさんの中小企業の社長さんにお会いしたけど、どの社長さんにも「経営者の意地」があった。
ある社長さんは「うちはパートさんが支えてくれている会社です。昇級も昇進もあります」と豪語し、「外国人労働者には日本人以上の賃金を払って当たり前。異国での生活には不自由があるだろうから、その分多めに払わないとダメですよ」と断言する社長さんもいた。最近は、「残業時間の削減や休暇の取得もきちんとできるホワイト企業じゃないと、学生さんに来てもらえない」と、悪しき伝統を変えようと努力する社長さも増えた】
(「日経ビジネスオンライン」河合薫 8月25日)

 「青天を衝く」のドラマが「道徳経済合一説」をどう描くのか、現代の世の経営者に警告を与えることができるのか、興味を持って視聴することにしよう。

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