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2021.05.01
労働戦線 転戦のススメ(下) ― 集団的労使関係での集権的組合活動から個別的労使関係での分権的組合活動へ ―

近年の労働組合が、個別的労使関係における分権的組合活動に取り組むべきことを強く示唆するのが、寺井基博(2020)「仕事論の法意義-労働契約と私的秩序の関係」『雇用関係の制度分析-職場を質的に科学する』ミネルヴァ書房です。

ただし、寺井教授の結論は、日本における労働支出(労働給付の内容)の決定が、諸外国のように「労働契約」ですべてが規律されるわけではなく、「規範意識」によって規律される部分があるという特徴を持つことから、労働契約で規律する方法-「時間制約なしで仕事を動態的に受ける労働者(従前の正社員)」「時間制約ありで仕事を動態的に受ける労働者(時間限定正社員)」「時間制約ありで仕事を静態的に受ける労働者(欧米型職務給の労働者)」という社員区分に整理することを提案するものとなっています。

しかし、筆者は、寺井教授の法的規制(労働契約で規律する方法)とは違って、職場の上司部下間で形成される私的秩序としての組織規範を、労働組合としてコントロールすること抜きに、本質的な問題の解決にはならないと捉えるものです。それは、寺井教授は、長時間労働問題は組織規範によるエンフォースメントによって規律されていると指摘されていますから、その組織規律をコントロールする職場懇談会等の開催こそが、労組主導の働き方改革になるはずではないか。新たな労働組合活動の領域として、個別的労使関係での分権的組合活動によって、職場規範の確立(職場での自主的管理活動)とすることこそが、寺井教授の示唆するものではないか、と筆者は考えています。

以上の違いはあるものの、寺井教授の指摘はとても重要な指摘となっていますので、筆者なりの解釈に基づいて紹介していきます。

寺井教授は、契約や就業規則や労働協約ではない職場のルール(実務的な作業手順の取り決め)、すなわち、組織内に形成された私的秩序がもたらす構成員たる労働者の行動様式に着目します。言い換えると、企業運営は労使双方の「意思の合致」によって形成・維持・発展されていくものだと述べています。

したがって、企業内の労働力という商品の取引に関する規則の研究である仕事論によって、なぜ労働者が自主的に時間外労働に従事するのかという点が明らかになる、としています。つまり、労働者が自ら進んで時間外労働に従事するという行動は、労働義務の履行方法に起因する行為であり、組織内の取引関係に着目しないと認識できない、というのです。

寺井教授は、仕事論の要点を次の3点にまとめます。


①仕事を観察するための識別指標の特定-PDCA、KPIなど作業進捗を管理するための規則

②労働受容形態への着目-静態性か動態性か

③仕事に関するルールの実効性確保の方法への着目-サンクション


そして、「動態性」とは、「適宜の変更がありうる」という意味でもちいられているものとして、課業決定は、使用者の側からみれば指揮命令による労務給付内容の特定、労働者の側からみると労働受容の形態となり、課業決定が「動態的」であるということは、a)課業が労働者毎に異なり、b)課業が年度ごとに異なり、c)年度途中におけるスケジュールの見直し・追加作業の引受け等が選定とされる、ものと説明しています。

日本では、実際の業務量は1年間の就業の結果として年度末に具体的に確定されることになり、実際の業務量と目標達成の水準は必ずしも一致しない。前年度の目標の達成水準に基づいて当年の目標が設定されることから、労働者間の目標設定に差異が生じ、課業の個別化が促される。基本的に一般労働者を含むすべての正社員にPDCAサイクルが回されることになり、目標の再設定がPDCAサイクルの本質となる、としています。したがって、キャリア形成は企業による方向性決定の側面が強い、としています。

そして、PDCAサイクルを回す動力が、インセンティブとサンクション(称賛と叱責)である、としています。
なお、日本ではサンクションが機能するのは、労働市場がそれほど流動的ではなく、労働者の仕事ぶりが上司によって評価され、その評価に基づいて昇給や昇進が決定されること(他人決定性)による環境条件が大きく影響しているからだと説明しています。

さらに、仕事論による雇用関係を整理すると、以下の5点に絞られるとしています。


⑴課業は動態的に決定される(年度毎に課業が異なる。労働者毎に課業が異なる。スケジュールの見直し・追加業務の引受けが前提とされる)

⑵各労働者の能力と将来的な育成方針等に照らして、事業計画とリンクした目標が設定されることによって、労働支出について労使間で個別的に合意される。

⑶目標から各労働者が演繹的に業務を展開し、その達成水準を基準として査定結果および賃金制度に基づいて昇給が決定される。

⑷目標達成の実効性を確保するために、企業内の諸会議でモニタリング(C)と計画(P)の再設定が繰り返され、インセンティブとサンクションによって目標達成が促される。

⑸わが国における労使関係の個別化は、集団取引(賃金表の策定・適用)と個別的取引(各労働者の目標設定とその達成水準に応じた賃金決定)という2重構造である。

以上、寺井教授の示唆がとても意味を持つものであることは、労働者が目標達成に向けて懸命に仕事に取り組むのは、労働義務による強制というよりも、次年度の賃金、職務内容の決定をめぐる職場レベルでの労使間の自主的な個別交渉およびアピールと理解される、との指摘がされていることだと筆者は解釈しています。

さらに、寺井教授は労働義務を次のように整理されます。


⑴労働義務は結果債務ではなく手段債務であり、労働力の処分権限を与えられた使用者は目標達成を命じることはできるが、目標を達成することは労働者の義務とはならない。

⑵「なす債務」という労働義務の性質から生じる仕事の質の個人差を標準化あるいは向上させるために、企業はインセンティブ(賃金とポスト)を用いている。

⑶労働者が目標達成に向けて懸命に取り組む要因としては、労働義務に基づく指揮命令に加えて、インセンティブによる自主性の促進がある。


―ということから、仕事論では、インセンティブとサンクションが目標を達成させる原動力となること。目達達成に関する上司・部下間の合意は、労働契約としての合意ではなく、いわゆる「コミットメント」と捉えることができること。目標達成を促す手段について、契約論ではインセンティブのみによって説明されるのに対し、仕事論ではインセンティブに加えてサンクションが重視されること、を上げています。

以上の考察から、目標達成がインセンティブによる自主性促進のみによるものだとすれば、長時間労働がここまで深刻な労働問題となるはずはないので、そこには何らかの強制力が働いているとみるのが合理的な判断であろう、として「目標達成」というコミットメントが労働者をエンフォースする仕組みを法的にどう説明するかが重要となる、としています。

寺井教授は、日本企業の共同体的な性格は...褒める・叱るという日常的行動によって企業内に規範を形成する。だから、労働者に目標達成をエンフォースするものを法的に考えるには、サンクションそのものではなく、それらによって形成される私的秩序(組織規範)を研究の対象としなければならない、と論考を進めます。

すなわち、課業が動態的に決定される日本では、「服務規律の遵守」のほか「目標達成」という組織規範が形成されるので、企業は契約関係によって構成された組織であるから、従業員としてのメンバーシップを保持するには、自らの組織内の規範に従わなければならないことになる、というのです。

このことを仕事論的に述べるならば、仕事論は労働支出の決定に関する組織内取引の研究であり、仕事論が動態的課業の決定の意味とその影響、PDCAサイクルによる目標達成という視点からの仕事の理解、会議等によるサンクション(褒める・叱る)の視覚化など、経営の実像を明らかにすることによって、これまで抽象的な概念だった経営権をクリアに認識し、このように経営を理解することで、労使交渉に関する認識をより実像に近づけることに寄与する、というのです。

以上、筆者は、仕事論が明らかにした労使交渉の認識をより実像に近づけるということは、職場の上司部下間で形成される私的秩序としての組織規範を、職場においてコントロール(規制)すること抜きに、本質的な問題の解決にはならない、と捉えるものです。

そして、その職場においてコントロール(規制)とは、新たな労働組合活動の領域として、個別的労使関係での分権的組合活動によって、職場規範の確立(職場での自主的管理活動)を推進していくことであろう、と結論づけるものです。

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