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2021.06.01
成果主義の導入に同意した労働組合の責任の取り方

近年の日本企業における成果主義の導入は、技術革新のスピード化による社員が蓄積した技術やスキルが陳腐化し、保有する能力・成果と処遇にミスマッチが生じたことや、新たな技術やビジネスモデルといった知的資産が競争力となったことなどから、やむを得ない時代の変化でした。
しかし、成果主義的な評価・処遇制度の導入によって、個人への業務達成圧力が一段と高まり、上司・部下間と職場メンバー間のコミュニケーションを悪化・低減させたのも事実です。


この問題について、守島(2010)は、日本企業で成果主義が機能しない本当のワケとして、成果主義の前工程=人材の育成・能力開発、配置、働きがいの提供ということを怠って、後工程=成果の評価とそれを処遇に結びつける仕組みの変化だけにとどまったことをあげています。
さらに、守島先生はそのことと関連させて、「働きがいや働きやすさの確保は、企業側や現場リーダーだけの責任ではない。働き手の参加がなければ、とても難しい...参加するメンバーが経営とともに造りこんでいく過程があって、初めて存在するものなのである」(p.177)としています。


だとすれば、成果主義を正しく機能させるために、成果主義の導入に同意してきた労働組合も、どのような責任を果たすべきなのか考えなければなりません。

しかし、このような日本の労働組合の経営参画的な機能発揮について、左翼的知識人は、「御用組合」とか「第二労務管理部」などと揶揄することが多く、この言説を通じて、いまでも一般的に、組合員・労働者の心の底のどこかに、企業別組合を自己嫌悪する気持ちを抱えています。
日本の労働界内部においても、かつて、企業別組合は企業内組合(カンパニー・ユニオン)であるため、企業の枠を超えた横断的結束力に欠け、そのため企業経営から自立できていないこと。経営施策に対しても規制力が弱いこと。しかも、ホワイトカラーを含む正社員だけを組織しているから、労使の境界線があいまいで、かつ内向きになりがちなことなどが、企業別組合の労使関係の宿命的な弱点であるとの論説が主流を占めていました。


そのため、企業別組合の経営参画的な機能を積極的に追求することよりも、企業別組合はもっぱら改革され克服されるべき対象としてしか見られていませんでした。そのため理想とすべき労働組合とは、ヨーロッパ型の全国的横断組織(職能別労働組合や産業別労働組合)であるとの観念が、今日まで常識化しています。


あわせてそこに、日本の労使関係の歴史を通覧してみると、労働力取引における労使間の情報や力関係の非対称性論が付加されたため、集団的労使関係において労使関係を維持していくことのみが重要とされてきました。そして、その固定的な枠組みから視野が自由になれず、企業内の個別的労使関係に組合活動の新たな基盤を作り出していくことなど、考えられもしませんでした。


そのため、企業別組合は、「わが国の労働者が労働組合を結成するとき、もっとも自発的かつ自然な形で選んだ」(p.32)もので、「必然性をもって生まれた」(p.33)とする白井(1968)でさえ、「労働組合の機能の第一は、団体交渉による雇用・労働条件の決定ということである。個別に切り離された労働者は、資本家や使用者と対等の立場で労働条件の取引は行なえないのであるから、...個別交渉による労働者同士の競争を制限することによって、...取引上の多少とも対等の立場に近づこうとする。これが労働組合結成のそのものの目的である」としており、個別的労使関係での個別労使交渉の展開など、はなから検討の対象から除外されていました。

さらに、労働界の左派系の人たちから、「労働者の自立」「階級としての自立」していないことを、日本社会に残存する「封建的」ないしは「半封建的」遺制から生まれるものであること。またこのことが、労働者意識の「未成熟」とか「立ち遅れ」といったことが、進歩史観から語られてきました。


このような視点から、日本の労働者は階級としての自立の道を歩むことはなく、むしろ企業共同体に同化していく道を選択した、と批判的に語られたりもしてきました。


このような日本的労使関係の特徴を、嵯峨(2002)は、「日本企業においては、一般従業員と管理職の間に、学歴格差はあっても(これも最近ますます曖昧化している)、階層的ないしは身分的というべき断絶が存在せず、したがって組合と経営側との間に組織上の断絶が生じない」(p.231)ものとして、肯定的に評価しています。


私も、日本の労働者が階級としての自立よりも、企業共同体に同化していく道を選んだことは、意識等の遅れからではなく、そこに積極的意義を見出すことが必要だと考えています。誤解を恐れず述べるならば、企業共同体に同化していく道を選んだからこそ、企業別組合は経営権に肉迫し、それを侵食することすら可能にする強さを持つものと捉えています。

企業別組合の機能を、過去を翻って見直せば、日本の労働運動の原点の1つである、大正元年に、鈴木文治によって設立された「友愛会」の下記綱領を見れば、日本の労働者は、そもそも何を目指して立ち上がったのかが、よくわかります。


一、われらは互いに親睦し、一致協力して相愛扶助の目的を貫徹せんことを期す。
一、われらは公共の理想にしたがい、識見の開発、徳性の涵養、技術の進歩をはからんと期す。
一、われらは共同の力に依り着実なる方法をもって、われらの地位の改善をはからんことを期す。
(出典: 嵯峨一郎(2002):125より)


嵯峨は、「友愛会の方針にも、たしかにイギリス労働組合のような同職組合を目指すことが謳われているのだが、その比重は圧倒的に労働者じしんの自覚・修養に置かれている」(p.126)と述べています。


P・F・ドラッカー(2004)[初版は1989年]も、第14章「労働組合の役割が変わる」において、先進諸国に登場した知識労働者に対応して、労働組合は自らの機能を見直すことの必要性を説き、かつそれは「日本の労働組合が果たしている機能にかなり近い」(p.220)として、「働く者の能力を高め、彼らに何ごとかを達成させ、彼らの力を十二分に発揮させることに関心をもつ存在となることである」(p.220)。そしてさらに、労働組合は生産性、品質、その他の競争力の維持強化に役立ち、組合員の雇用と収入を確保する時代になったことを指摘していました。

よって、私は、成果主義の導入に同意した労働組合の責任の取り方として、①人材の育成としての目標管理・人事考課制度、②職場のチームワークの形成としての目標管理・人事考課制度、③評価・処遇プロセスにおける過程の公平性を実現してモチベーションや満足度を高めるための目標管理・人事考課制度、以上3点を追求するための"被考課者訓練"がこれからも求められる、ということです。


言い換えると、私の大学院4年間での調査研究の結論なのですが、これからの労働組合の活性化(労働研究)には、個別的労使関係への制度論的アプローチこそが、それを解く鍵となる、というものです。

【参考文献】
嵯峨一郎(2002)『日本型経営の擁護』石風社
白井泰四郎(1968)『企業別組合 増訂版』中公新書
守島基樹(2010)『人材の複雑方程式』日本経済新聞社
P・F・ドラッカー(2004)『新訳 新しい現実』ダイヤモンド社

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