j.union株式会社

労働組合の活動を
総合的に支援します。

2021.07.21
トカゲの尻尾切り

2019年8月1日、「あいちトリエンナーレ2019」(「表現の不自由展・その後」)が開催された。ところがこの企画展の展示内容に異論が出され、さらに公金の支出をめぐって同企画展の実行委員会会長代理を務めていた河村たかし・名古屋市長をはじめとして、松井一郎・大阪市長、吉村洋文・大阪府知事などの政治家、百田尚樹氏、武田恒泰氏など、右派系の論客といわれる人々と、テレビコマーシャルでお馴染みの高須クリニック院長の高須克弥氏らが、主催者である大村秀章・愛知県知事を一斉に非難した。


そして河村市長、高須院長、「日本維新の会」が大村知事のリコール運動を起こすために、高須院長によってリコール団体が設立(6月2日)され、8月25日から署名活動が開始された。


この活動によって集められた署名は、43万5000人分に達したが、選挙管理委員会が調査した結果、実に83 .2%に当たる36万2000人分が無効とされた。とくに無効署名の約90%が複数の同一人物によって書かれていたことが判明した。


なぜこうしたことが起きたのか。調査を進めていくとさらに信じられない恥ずべきことが分かってきた。


10月19日、活動団体は名古屋市の広告会社にアルバイトを集めて署名を偽造するよう書面で発注した。広告関連会社は下請けを通じ、人材紹介会社にアルバイト募集を依頼した。


アルバイトによる署名の偽造は、なぜか遠くの佐賀市の佐賀県青年会館の貸し会議室で行われた(なぜ遠くの佐賀県なのか。おそらくみんなに気づかれないようにとの思惑からか)。
アルバイトは住所や氏名、生年月日などが書かれた名簿を渡され、高須氏と河村氏の写真が載っている用紙に書き写していく。アルバイトの時給は900~950円、交通費は一律500円、夜まで残業すると1,000円が支給された。


リコール制度とは、民主主義の重要な制度として知られ、日本国語大辞典によれば、
「選挙民の一定数以上の要求によって議会の解散や公職にあるものの解職を請求すること。解散請求。解職請求。また、それに基づく住民投票で、解散・解職をさせること」とある。
議会制民主主義は、選挙で議員を選び、一度選挙で選ばれた者を、住民投票で解職させる(リコール)という両者の制度で成り立っている。ゆえにリコールは滅多矢鱈(めったやたら)に行われるものではない。


さらに、署名の提出期限直前の2020年11月ごろ、名古屋市内で運動関係者が押印のない署名に指印を押す作業をしていた疑いがあることがわかった。運動団体の事務局長の指示があったという。佐賀県内でアルバイトらが署名の書き写しをしたことがすでに判明しているが、指印を押す行為について、関係者が初めて朝日新聞の取材に証言したという。

加えて、【証言によると、事務局長の田中孝博元県議の指示を受け、押印がない署名に自分の指印を押した。違う指を使うなど、同じ押印に見えないように工夫。複数の自治体の在住者が混在する署名簿から、各自治体ごとの署名簿に署名を転記する作業もあった。複数の人が交代で従事し、自身は数日間参加した。押印に使うインクで「手が全部真っ赤っかだった」という。この作業を、「当たり前のようにやっていた」。不信感を口にすると、田中氏から「選管が決めることだからいい」と説明されたといい、関係者は「本当にこんなことをやるんだと驚いた」と振り返った。】
(「朝日新聞デジタル」4月17日)


民主主義制度の根幹をなす大事なリコール署名で起きた今回の不正名簿問題は、リコールに賛成か、反対かに関係なく、民主主義の制度自体を危うくする性格を持っているのである。

また、不正署名が明らかになった後に、リコール団体の役員である高須院長、河村市長は、記者会見で色をなして「無関係」を強調した。
中でも高須クリニックの高須院長は、21日に放送されたTBSの「サンデーモーニング」で、女性コメンテーターが「リコール制度にお金を持っている方が乗り込んで偽装するのは民主主義の破壊行為」と述べたことに対して、「狡(ずる)い印象操作だと思います。すぐに抗議します」と、ツイートしている。


たとえ組織の事務局長が高須氏や河村氏の許可を得なかったとしても、組織の末端(事務局長は代表者に次ぐ立場なので組織の末端ではないが)で行われた不祥事に対して、責任者が「自分は知らなかった」と言い、当事者だけが責任を取らされトップは不問に付される。俗にいう「トカゲの尻尾切り」が今回も繰り返されようとしている。

とくに一般企業で不祥事が起きた場合、当事者の社員は社内の内規に基づく処分はあっても社会的制裁の対象にはならないが、会社の最高責任者である社長が引責辞任に追い込まれるケースは多い。それが組織の在り方とされているのである。今回のように責任を当事者に押し付け、自らは「自分は関係ない」というような卑怯な態度はとらない。

ところが最近は政治家と官僚の間でも、政治家が責任を取らずに官僚に責任を押し付け、森友学園問題のように「官僚を自殺に追い込み」、自身は何の責任を取らないケースも散見されるようになってしまった。

それを真似したのか、今回の不正名簿問題は全く似たような道をたどっていないか。それだけではない。スキャンダルや不祥事をめぐる当事者の記者会見でよく見かける風景なのだが、今回の特徴は、一部からは「しつっこい」といわれてきた記者の質問も淡白だし、テレビの取り上げも実にあっさりとしている。

なぜか真実への追及に鋭さがない。

それは、テレビで毎日のように見ている「高須クリニックのコマーシャル」が打ち切られるのを恐れての遠慮のようにもみえる。メディアにとって、「コマーシャルは神様」であるからなのか。
今回の事件で唯一の救いは署名活動に携わった人々が反省して立ち上がったことである。


【署名提出から3日後、リコールの会会長の高須克弥氏は記者会見し、「活動は盛り上がっている。でも、体がもたない」と述べ、自らの体調不良を理由にリコール運動中止を宣言した。「このまま活動を終わらせたら、事務局に署名が返却され、不正の証拠が無くなってしまう」。署名集めの中心的な役割を担った「請求代表者」の有志らは5自治体がまだ提出の締め切り前だったこともあり、署名活動の継続を決めた。12月4日には県庁で記者会見を開き、事務局が署名偽造に関与している可能性を指摘した。
その後も、請求代表者3人が県内の各選管を訪ね、提出された署名簿を閲覧。一枚ずつ署名簿をめくり、同一筆跡とみられる署名が全署名の78・2%に上ると結論づけた。「大量の偽造署名の中に、本物の署名を見つけると悔しくて涙が出た。何がなんでも不正を暴きたかった」。不正の証拠を集め、選管や警察署に告発状を提出した。請求代表者らの声を受け、異例の調査に踏み切った県選管の担当者は「有権者や請求代表者らの声がなければ、署名を調査することはなかったと思う」と振り返る。】
(「毎日新聞」5月29日)


それにしても、高須クリニックのコマーシャルの多さから、整形美容とは、どれほどの利益を上げられる職業なのか、と不思議な思いに駆られている自分がいる。

« 前回の記事