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2021.11.01
個別的労使関係での個別労使交渉・協議がなぜ必要なのか―鈴木(1994)を通して探る

鈴木(1994)の研究は、日本の生産システムの特質や構成を明らかにするとともに、「日本の企業労働者は、なぜ国際的に揶揄されるほどの激しい働きぶりを受容し続けるのか。日々の労働を支えるその意識はどのようなもので、それは何によって、どのようにもたらされるのか」(はじめに、p.ⅲ:以降はすべて鈴木1994からの引用)という疑問に答えようとしたものです。


そしてその結論は、「長時間労働、サービス残業、生産現場の高い労働密度・速度・注意深さ、転勤・配転・新技術習得などの経営要求に対する柔軟な応答等、日本の民間企業労働者のすさまじい働きぶり」(p.179)は、日本人の伝統的な勤労観や集団主義(組織への帰属意識と貢献意欲)などの国民性・文化から説明するものもあるが、しかし、日本の労働者の内面意識は、外見上の勤労態度度を説明できるほど勤労意識は高くない。それよりも、「経営が作り出す管理的制度・施策によって一方的に強制され、働かされているにすぎない」(p.180)。だが、「他方では単なる強制された覚悟に終わらず、そのような覚悟を労働者自身の内面からも自発的に肯定させるような側面が用意されている」(p.180)。そのような独特の結合を作り出すメカニズムが「能力主義管理」である、としています。


この「能力主義管理」が形成されたのは1960年代半ばから採用が始まり、本格的展開(採用企業の広がりと賃金中の能力給割合の増加)となったのは70年代後半から80年代にかけてである、としています。そして、鈴木(1994)は、日本の労働者は、企業が導入しようとした職務給(1950年代から60年代半ばまで)には、強い反発を示したが、その後の「能力主義管理」(職能給)の導入にあたっては、そうではなかった、と述べています。


その理由を、「職務給は、年齢・勤続にともなう賃金上昇を努力の一つの証として感じる日本の労働者の意識と衝突せざるをえないものであった...努力に対する公平な処遇という労働者の要求が、ポストの制約という職務給に固有の原理によって競争主義の無常さへとすり替えられ裏切られることに対する抗議を意味するものであった」(p.185)と、職務給導入に反対した理由を説明しています。


しかしその後、経営側が、職務給をあきらめて職能給の導入を図ったことに反対しなかったことについては、「日本の労働者が働きや能力によって労働者間にただ『格差』をつけよと望んだ」(p.187)のであり、「労働者が求めた『張り合い』...努力すればその努力に応じて人数制限などなく誰でも直接に評価されること、これであった」(p.187)として、「日本の労働者が求める『張り合い』が、年功的な年々の賃金の上昇と併せて、いわゆる『絶対考課』、『絶対区分』の処遇制度」であったからだ、と記述しています。


ただし、「能力主義管理」(職能給)は、職務遂行能力の評価であるから、その制度が労働者側から見ても合理的であるためには、「職能資格基準」が明確になっていなければなりません。しかし、導入期(1960年代後半から1970年代)は、全く曖昧であったが、「能力主義管理」が本格化する石油危機以降は、「納得性と目標明示性の点から『絶対考課』化が必要とされた」(p.199)、としています。


しかし、企業側もそのことは理解しつつも、「やはり人件費管理の点から実態としては昇格人数の調整=「相対区分」を放棄することができない」(p.206)ので、若年層は能力・業績の結果を絶対考課にしつつも、40歳前後を境に相対考課にせざるを得なくなる、としています。このことを鈴木は、「労働能力と労働密度:能力概念の拡張」(p.210)と表現しています。


そして、その能力概念の拡張を、「残業や高密度労働でなければ達成できないほどの高い質量の課業を積極的に引き受ける、やり切る『能力』、期日までに『目標を達成する能力』への能力概念」(p.212)への変質であるとし、同時にそれを日本の労働者は企業への協調・貢献として受容する、としています。これを鈴木(1994)は、日本の労働組合の「集団的規制力の欠如が、『能力』の拡張、『能力主義』への企業論理の一方的貫徹を許す」(p.213)ものであった、と述べています。


鈴木(1994)は、「『能力主義管理』が、「日本の企業労働の厳しい現状を自らのそれとして実行することを、『仕方がない』と労働者に意識させる最大の強制力は、①『業績考課』に代表される、高い管理的要請内容の逃れ難き明瞭さ、②企業倫理そのものであるその要請に対して生活や権利などの異質の論理を対置する態度を峻拒する、『情意考課』に代表される管理的裁量、この二つの側面の結合」(p.231)が「強制」と「自発」を生み出すものとなっている、としています。


そして、この「能力主義管理」の「強制」と「自発」は、「管理者と労働者の個人的な人間的交渉として労働者に意識されている」(p.236)、としています。さらに、QCサークル活動などの小集団活動などの「参加」型管理も、「『強制』と「自発』の結合による日本的な管理の一環」(p.263)であり、「日本企業が、中途採用者の賃金水準と賃金上昇率を『標準労働者』よりも低くする」(p.270)のは、「企業個別化された労働市場を追求する雇用慣行が作り出す運命共同体と囲い込みの関係にある」(p.274)、としています。


だからといって、労使対立型にすると「対決型労使関係に付随する負の側面も無視できない」(p.298)ので、鈴木(1994)は対処策として、「『従業員』制に残る『自立』の側面を大切にして、『協調」のなかに「自立」を育てる道はあり得ないのだろうか」(p.298)との問いを発します。


さらに、「協調を引き出すと同時に自立の基盤をそぐ傾向をもつ雇用慣行の下で、労働者が経営に対する独自の対等的発言力を、経営側の『善意』に依拠せず確保する条件は存在するか」(p.298)、「日本的労使関係だからこそ取り入れた歪んだ『自発』の側面に別の息吹をあたえる構造と変わりうるかもしれない。それはどの程度に現実的であろうか」(pp.298-299)などとも問い、日本における労使関係において、個別的労使関係がいかに重要な場や機会であるかについて言及することになります。


ならば、この問いに答えることのできる条件は、日本の労働組合の集団的規制力の欠如を嘆くだけでなく、「能力主義管理」を是とする日本の労働者ならではの、目標管理・人事考課制度の各面談を個別労使交渉・協議として発言していく道を模索することで、切り拓かれるのではないかと私は考えるのです。


参考文献
鈴木良治(1994)『日本的生産システムと企業社会』北海道大学図書刊行会

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