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2022.11.01
仕事管理(PDCAサイクル)の中で個別労使交渉・協議をしていく
―中村圭介(2006)『成果主義の真実』東洋経済新報社からの示唆

今月は、「報酬は集団取引ではなく、個別取引で決まる」(中村2006:223)※のならば、春闘の再構築は、職場で展開される仕事管理(PDCAサイクル)の中で、個々人が目標管理・人事考課制度の各面談を通して交渉・協議していくことで成し遂げていく、すなわち、個別的労使関係での分権的組合活動以外ないのではないか、ということに気付かせてもらった著書のひとつ=中村圭介(2006)『成果主義の真実』東洋経済新報社を紹介します。


中村(2006)では、成果主義とは、近年、グローバル競争の中で、企業がきちんと結果を出すこと、つまり収益を上げ続けることが求められている、という意味・言葉として使われています。
だとすれば、企業とはいつの時代であろうと、成果を出さなければ存続できませんので、成果主義は、近年始まったことではなく、資本主義とともにあり続けてきたと言えます。
そして、成果主義型賃金・人事制度への改革といういい方は、正しい言葉の使い方ではなく、常に企業は、時代や環境に適応した成果主義型賃金・人事制度を構築し続けていたというべきです。そして、成果主義が良い悪いという議論はナンセンスとなります。


むしろ問題とすべきことは、企業が時代や環境の変化に対応して、成果をだす方法を変化適応させていかなければならないことです。つまり、仕事の仕方を変えて、企業を成功に導いていかなければならないのに、それがうまく行かないことです。
この点について、中村(2006)は、「自社が得意とし、かつ有望だと思われるマーケットを定め、そこに適切な製品を提供することだ。つまり、経営戦略こそが基本だ。次にその戦略を着実かつ効率的に実行できるように、従業員の仕事ぶりをちゃんと管理することだ。これらがきちんとできていれば、たとえ人事管理が整っていなくても、短期的には成功する」(pp.4-5)、と述べています。
なのに、「バブル崩壊後、...日本的人事管理の見直しの大合唱が起きるのはなぜだろう。戦略や仕事の管理に問題があるとは思わず、真っ先に人事管理に目が行く(ように見える)のはなぜだろう。日本に特有で、前近代的はと思われていたから、悪者にしやすいのか」(p.7)、と疑問を呈しています。


そして、「人事管理の目的は何かと問えば、どの教科書にも、『労働力の効率的利用』つまり、労働生産性の向上が主目的」(p.10)であるとして、「従業員が経営目標(たとえば利潤の最大化)に向かって精一杯、懸命に働くように仕向けることである」(p.10)、と述べています。
つまり、従業員が精一杯、懸命に会社で働くとは、上司から仕事の具体的目標、仕事のやり方についての指示や命令、アドバイス、ときには叱咤によって、部下の正しい頑張り(経営目標に合致するような頑張り)、懸命な働きぶりを確保するということであり、その正しい働きぶりを導き出すためには、仕事管理(部門業績管理)こそが重要な事柄である(p.11)と指摘しています。
そして、企業が経営目標を達成し、「成果」を獲得するには、賃金制度を成果主義的に変革するよりも、この仕事管理(部門業績管理)に目を向けるべきである(p.13)としています。「労働力の効率的利用に直接、関係し、成果を生むのは、日々の仕事管理である。賃金制度の成果主義的改革は、この仕事管理との関係を踏まえることなしには、うまくいかない」(p.27)としています。


昨今、グローバル競争時代になって、日本のホワイトカラーの生産性の低い働き方がよく取り上げられます。
この点について、中村(2006)は、石田光男(2003)『仕事の社会科学』ミネルヴァ書房での「実業の世界では、むしろ《測定》と《管理》の関係は...効率化をねらったある特定の《管理》[したがって具体的な手段を具備した《管理》]が考案されて、そうした《管理》に適合的な《測定》のあり方をつくりだすというのが、正確な関係ではなかろうか」(p.145)との記述を取り上げ、「『まず測定、その後に管理』ではない。まず管理があり、それに適合的な何かを測定すれば良い。乱暴な言い方を許してもらえば、ホワイトカラー個々人の生産性など測定する必要などないのだ。...ホワイトカラーの効率的利用のカギは仕事管理にある」(中村2006:118)と言い切ります。


そればかりか、「仕事管理のサイクルをうまく回していく上で、頻繁に開催される会議が重要な役割を担う。会議の場で陰に陽に浴びせられる(と感じられる)叱責、嘲笑、認知、賞賛などは、良き成果のための重要なインセンティブである。日々の正しいがんばりを促す」(pp.220-221)、として職場懇談会が重要であることを示唆する発言も見られます。
以上の指摘から、成果主義の目的達成には、賃金・人事制度改革よりも、日々の仕事管理(PDCAサイクル)がきちんと機能することが重要であることがお判りいただけたことと思います。


その一方で、中村(2006)は、労働組合の役割として、「日本の労働組合は、昇給額、ボーナスであっても平均水準は交渉するが、組合員個人が実際に受け取る額は交渉していない...報酬は集団取引ではなく、個別取引によって決まる」(pp.222-223)。「1990年後半以降は、春闘は崩壊したと言ってよいが、その再構築が求められてくる」(p.223)との指摘でとどまっていますが、「成果主義のゆきすぎによって組合員の労働密度が高まることになれば、対応が必要となろう。その必要は、労働組合が業績目標ひいては経営計画にまでに発言することを求める。さらなる、より深い深い経営参加である」(p.223)、と述べています。
以上の中村教授の提言を、さらに私なりに進化・発展させるならば、春闘の再構築は、目標管理・人事考課制度の各面談を逆活用しての個別春闘=個別労使交渉・協議力(発言力)の発揮によって、また、業績目標や経営計画への発言は、職場懇談会の活用(仕事管理の民主化)という、個別的労使関係での分権的組合活動によってこそ、効果的に成し遂げられる、と考えるものです。
詳細は、個別的労使関係での分権的組合活動を推進する先進的労働組合の事例研究(博士論文)をまとめた、来年2月発刊予定の西尾力(2022)『「我々は」から「私は」の時代へ―個別的労使関係での分権的組合活動が生み出す新たな労使関係』日本評論社をお読みください。


注 ※日本の賃金関係において、本給が個別交渉で決められるということについて述べたのは、氏原正治郎(1968)『日本の労使関係』東京大学出版会です。同著で「団体交渉を無にする。団体交渉をなくもがなのものにしてしまうことである」(p.216)と述べて、「日本の本給の決定方法においては、賃金における比較の論理は、労働者の連帯性を強めるようにではなく、労働者をお互いに孤立させ、競争させ、そして全体として使用者に従属させるように働いている」(p.223-224)、と見なしています。

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