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2022.11.21
23年春闘で問われる労使の責任

昔から春闘を迎えるたびに「労働組合の社会的責任」が叫ばれてきた。この社会的責任とはどういうことを意味するのか。


国の経済発展は簡単に言えば需要と供給によって決まる。かつて春闘が始まったころから、日本経済は高度成長期を迎えた。敗戦間もない日本は、企業の再建すらおぼつかず、国民生活もまた貧困にあえいでいた。
結成間もない労働組合が取り組んだのが、組合員の職場の確保と生活改善であった。失業者を極力減少させ従業員の生活を改善するためには、雇用を安定させたうえで、処遇改善を図れる業績の向上と企業活動の活発化が伴わなければならない。 一部の企業によっては、従業員の処遇改善を図ればコストが上昇し、利益が圧迫され業績の悪化を招く。故に賃金の引き上げは業績悪化と経済の停滞を招くと反論する。
労働組合の賃金要求に対する経営者の主張の代表例だが、賃金の引き上げをはかならなければ個々の経営者の言い分が経営に悪影響を与えてしまう関係にあるのだ。使用者もそれを理解しなければならない。


個々の経営者が目先の自社のコスト増だけに目を奪われ、消費者である従業員の賃金を引き上げなければ、それは回り回って需要を停滞させ経済全体を停滞させてしまう。この現象を「合成の誤謬」という。
目先の利益のみに目を奪われて従業員の処遇の改善を怠たると、その時点での企業判断としてはやむを得ないとしても、収入が増加しない従業員は十分な消費活動ができない。消費が盛んにならない経済は停滞を招いてしまう。ミクロである一企業として正しいと考えた判断が、マクロの経済にはマイナスの影響を与えるということを「合成の誤謬」という。
過去の春闘における個別企業の労使交渉ではこうしたやり取りが行われていた。


春闘と経済が密接に関係していることは、春闘が始まって以来脈々と続いている。
春闘は昭和35年(1960年)に、八ッつの産業別組合が集まって始まった。炭鉱、私鉄、合化、電力、紙パルプ、全国金属、化学同盟、電機労連の八組合である。その後、公務員の組合や他の民間労組が続々と同じ時期に賃金の引き上げ要求をするようになり、今日の春闘という取り組みが定着することになる。
春闘による組合員の賃金収入の増額により、経済活動の中の個人消費は増加を続け、個人消費の増加が日本経済の成長に寄与していく。
賃金の増加→個人消費の増加→日本経済の成長→企業業績の向上→賃上げ原資の確保という図式が成立することで、その後の日本経済の高度成長を支えていくのである。
労働組合が賃上げ要求をするにあたって考慮した環境条件は、①経済成長(企業業績の向上)・②物価動向(物価上昇分)・③労働市場の動向(低失業率)・④マクロ経済の動向(為替ルートと国際競争力)などである。


春闘と経済が密接な関係にあることから、政府は経済政策による景気停滞を打破するために労働組合の賃金引き上げに頼ることも散見されるようになる。その代表例が、安倍晋三内閣の「トリクルダウン理論」であった。
トリクルダウン理論とは、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなる」という経済に関する仮説を指す。18世紀の初頭に注目を集めた理論で、その後の古典派経済学に影響を与えたというが、提唱された当時とは時代的背景が大きく異なっていることもあり、現在では否定的な意見が多くなっている。
トリクルとは、英語で「水などがちょろちょろ漏れ出る」という意味であるが、富裕層が潤い社会全体の富が増大すれば、富は貧困層にもこぼれ落ち、経済全体が良い方向に進むとする経済理論であるが、「おこぼれ経済」とも言われ、安倍首相が言い出した当初から、現実的裏付けや社会科学的な立証はなされていないと批判されていた(結果はその通りになったが)。


11月6日の「朝日新聞・天声人語」はこう記している。
【古くからあるこの理論が最も注目されたのは、サッチャー英政権が新自由主義や「小さな政府」を目指した1980年代だ。そのころ英国の大学で経済学を学んでいた私は、「馬とスズメ理論」だと習った。講師は「馬に麦をたっぷり与えれば、その排泄(はいせつ)物でスズメがおこぼれにあずかるという考え方」と説明した▼トリクルダウンの名が広がったころ、もしやあの講師だけが下品だったのかと気になって調べたら、米経済学者のガルブレイス氏が言及していた。貧困層に非情な理論で、「常に軽い嘲笑で迎えられた」と書いた▼サッチャー氏は、最後の党首討論で「貧富の差が広がった」と追及され、こう言い返した。「金持ちが貧しくなりさえすれば、貧乏人がもっと貧しくなってもいいのか」。富は滴るとの主張は曲げなかった▼グラスからあふれるワイン、流れ落ちる泉、そして馬とスズメ。長く想像力をかきたててきた理論も、ついに年貢の納め時か】
政府による呼びかけがたとえ間違えていたとしても、今の日本経済の停滞は目を疑うほどで、何としての経済の発展を目指さなければならないことは明白である。


では経済発展のために労働組合は春闘にどう取り組むのか。そして経営者は組合要求にどう応えるのか。2023年春闘は、労使にそれを問うているのである。
あいも変わらず、「業績の先行きは暗い」、「組合要求は過大だ」のやり取りの結果、「やむを得ず要求の理念を断念」して、今までと同じ結果になってしまうのか。それとも、労使ともども、過去の経験を反省し、経済発展のために個別企業が努力する道を選択するのか、それが問われているのである。


余計なことかもしれないが、メディアも労働組合の検討に大いなる期待を寄せている。【原油やガスなどの資源高は、日本経済全体では所得の海外への流出を意味する。だが、円安の追い風を受ける輸出企業を中心に業績は堅調で、過去に積み上げてきた利益も大きい。
企業が持つ現預金は、昨年度で280兆円に上る。配当増や自社株買いで株主還元にいそしむ企業も引き続き目立つ。業種や企業ごとの差はあるとはいえ、賃上げで働き手に還元する余力はあるはずだ。
この局面で企業がさらに手元に資金をため込もうとして賃上げを抑えれば、個人消費が落ち込み、結局は企業自身の首を絞める。「合成の誤謬(ごびゅう)」の典型だ。そうした認識を労使で共有し、物価上昇を補う賃上げを実現する必要がある。】(「朝日新聞デジタル」11月6日)


日本経済の高度成長を実現してきたのは労働組合の賃上げも一因であった。過去の先人たちが成し遂げてきた「賃上げで内需拡大」を実現できるのか、23年春闘における労使の社会的責任が問われている。

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