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2022.12.01
個別的労使関係での分権的組合活動で、心理的安全性のある職場を作り出そう

今月は、個別的労使関係での分権的組合活動(=職場コミュニティの形成)によって、エドモンドソン(2021)が示唆する、心理的安全性のある職場(フィアレスな組織=恐れのない組織)を作り出すことが、労働組合にとって、いかに大切なことなのかについて述べたいと思います。


心理的安全性とは、エドモンドソン(2021)では、「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」(pp.14-15)、と定義されるものです。
また、エドモンドソン(2021)は、優秀な人材を雇うだけでは組織にとって十分ではない。個人および集団の能力を引き出したいと思うなら、リーダーは心理的に安全な企業風土―従業員が不安を覚えることなくアイディアを提供し、情報を共有し、ミスを報告する風土―をつくらなければならない(p.15)として、そのような組織を「フィアレスな組織=恐れのない組織」と呼んでいます。


さらに、心理的安全性のある職場とは、職場グループ内の人々が、ほぼ無意識に従っている行動パターンと暗黙なルールに着目(p.18)したもので、不安を当たり前として生き残れる組織など、21世紀においては1つもない。「フィアレスな組織」は従業員にとってよりよい場であるだけでなく、イノベーションと成長と高いパフォーマンスが確実に起きる場でもある(p.19)、としています。


なお、「不安を当たり前とした組織」とは、今日も多くのマネジャーが、不安には、やる気を引き出す力があると、相変わらず意識的にも無意識にも信じている(p.38)ために、権限を持つと、リーダーは得てして結果と管理のことばかり考え、部下の不安―目標を達成できないのではないか、ボーナスを失うのではないか、失敗をするのではないかという不安―を知らずあおってしまい、その結果として、試し学ぶ意欲を押さえつけてしまう(p.210)組織のことを言い表しています。


職場で率直に発言できないというのは重要な、しばしば見過ごされている行動の典型である(p.26)として、エドモンドソン(2021)はある調査で、85パーセントの人が重要な問題について懸念を抱いても、上司に話すのは無理だと感じた経験が、少なくとも一度はあると回答している(p.27)と述べています。太田(2019、2021)が指摘する、承認欲求に呪縛された同調圧力の強い日本では、その割合はもっと高くなるのではないでしょうか。


また、エドモンドソン(2021)は、人々は対人関係のリスクを(意識的にせよ無意識的にせよ)考えて沈黙することを選んでしまい、考えや懸念や疑問を気兼ねなく話すことは、決まって対人関係の不安によって邪魔される(p.30)としています。
人々が、口を閉ざす理由のトップ2は、悪印象を持たれることへの不安と、仕事上の人間関係が悪くなることへの不安(p.57)で、人々は職場で、悪印象を与えたり恥をかいたりするかもしれない内容に口を閉ざすだけでなく、改善につながるアイディアさえも言わないのである(p.57)と指摘しています。


また、率直な発言を安心してできない従業員は、その理由として、自信のなさや、わが身かわいさなどをあげた(pp.57-58)、としています。
なぜ発言を控えるのかについて、エドモンドソン(2021)は、発言をするためには努力が必要であり、残念ながら多くの場合、その努力の効果が表れるには時間がかかり、成果なく終わる場合も少なくない。一方、沈黙すべきであることは本能的に悟るものであり、そして安全をもたらす。自分の身を守るという効果を発揮し、その効果はただちに、かつ確実に得られる(p.60)からだとしています。
これを、「発言と沈黙の非対称性」と呼び、「沈黙していたために解雇された人は、これまで一人もいない」(p.60)と説明しています。


この「発言と沈黙の非対称性」が生まれる背景に、同著の解説を担当している村瀬俊朗早稲田大学准教授は、「上司やリーダーが言葉で『チャレンジしよう』と伝えても、普段の言動から『失敗するな』というメッセージをメンバーが受け取り、その解釈が自然とチームに共有されている」(p.270)という、リーダーとメンバー間に感覚のズレが生じている構造的問題が存在するとしています。またそのことを、「リーダーのパラドックス」(p.282)と呼び、リーダーの「社会的地位が高まると、周りの要求に応えずとも自分の考えが実現しやすくなるために、周囲の反応に疎くなる」(p.282)からだ、とも解説しています。


さらに、エドモンドソン(2021)は、心理的安全性は、対人関係のリスクを取っても安全だと信じられる職場環境であること、職場の仲間が互いに信頼・尊敬し合い、率直に話ができると(義務からだとしても)思える場合に存在する(p.30)。だから、心理的安全性は、まさにグループごとのリーダーによってつくられる(p.35)と述べます。


ただし、心理的安全性は、単なる職場の個性ではなく、リーダーが生み出せるし生み出さなければならない職場の特徴(p.37)だが、リーダーシップは組織のトップだけが発揮するものではなく、むしろあらゆるレベルで実践できるものだ。リーダーシップとは本質的にみんなの取り組みを総合して、一人では不可能なことを成し遂げること、持てる才能と技術を一人ひとりが活かしきるのを助けることである。沈黙ではなく率直な発言を、不安ではなく積極的に参加を求めることが、今日のリーダーにとって最重要の責任である(p.231)としています。


さらに、心理的安全性を作る後押しは誰にでもできる。ときには、よい質問をするだけでもいい場合がある(p.245)として、みんなの話に熱心に耳を傾ける。関心を持っている気持ちを前面に出して反応する。みんなの考えを頼りにする。あるいは感想を返す(pp.245-246)だけで十分であるとしています。


以上の事柄から、エドモンドソン(2021)は、心理的安全性を生み出し強固にすることは、組織のあらゆるレベルのリーダーの責務である(p.226)、としています。ならば、企業別労働組合の労使は「運命共同体的存在」であり、企業別労働組合は「企業情報最知存在」「企業活動チェック最適存在」「企業価値最大化促進最適存在」とする呉学殊(2019)に基づけば、当然、組合役員の責務でもあると解釈すべきでしょう。


以上の、エドモンドソン(2021)の紹介から、個別的労使関係での分権的組合活動(職場コミュニティの形成)に取り組む価値や意味をご理解いただけたものと思います。 そして、筆者が、なぜ心理的安全性のある職場作りに労働組合が取り組むべきだ、と強調するのかといいますと、それは、企業不祥事が明らかになった企業の労働組合が、チェック機能を発揮できなかったのは、職場が心理的安全性のある職場(フィアレスな組織=恐れのない組織)でなかったからだ、と考えるからです。
それはつまり、組合活動の重心を、これまで経済的機能などの集団的労使関係での集権的組合活動に傾けすぎていて、心理的安全性の確保(職場コミュニティの形成=個別的労使関係での分権的組合活動)の取り組みをしてこなかったことが原因だといえるでしょう。
言い換えれば、目標管理・人事考課制度の各面談を通して、個別労使交渉・協議力(発言力)を発揮したり、職場懇談会などを通じて職場の自主管理活動(自律的作業集団化)を進めたりして、心理的安全性のある職場にしていくことが、コーポレートガバナンスの取り組みの土台であるということです。


さらに、心理的安全性のある職場作りの取り組みは、学習行動(情報を共有する、支援を求める、試す、など)に対する積極性を強力に決定する(p.39)ことになり、VUCA世界(不安定性(volatility)、不確実性(uncertainty)、複雑さ(complexity)、曖昧さ(ambiguity)―アメリカ陸軍戦略大学で提唱され、今ではビジネスの世界で広く使われるようになっている言葉)で高いパフォーマンスを生む(p.45)ことになります。そして、今日、ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(包摂)、ビロンギング(自分らしさを発揮しながら組織に関われる心地よさ)な職場が重視されてきている(p.52)ことを加味すれば、仕事への情熱と組織へのコミットメントの程度と定義される「エンゲージメント」が促されることは明らかで、労働組合の経営参加としても重要な取り組みでもあるからです。


参考文献>
エイミー・C・エドモンドソン(2021)『恐れのない組織―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版>
呉学殊(2019)「総論 コーポレートガバナンス改革と労働組合の役割・存在意義の最大化に向けて」連合総研『企業危機の克服と労働組合の存在意義の最大化に向けて―コーポレートガバナンスと労働組合の役割に関する調査研究委員会報告』>
太田肇(2019)『「承認欲求」の呪縛』新潮社>
太田肇(2021)『同調圧力の正体』PHP新書>

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