2019.05.12
【職場自治】空気の支配から解放されるには

GWも終わり、いかがお過ごしでしょうか?
私はもっぱら休日にしか持てない子供との時間や家事に日程を費やしました。
自分の時間はなんとか1日捻出させてもらい、私の愛読ビジネス書である、(マンガ)キングダムの映画(実写版)も見る事ができました。そんなこんなで、充実したGWを過ごしたわけですが、
最近あることに課題意識を感じております。

それは何かというと、目には見えない「空気」がその場を支配してしまうようなケースが
本当に多いということです。

例えば仕事や家庭の中でも、いろいろあります。

テレビドラマでも多く散見されますが会議などの場で上位者の言う事が例え間違っていても、絶対であるかのような「空気」が醸成されることがあります。
昔の上司部下関係でも良く聞きます。上司が「黒」と言えば「黒」にしないとならない「空気」
もっと身近な例で言えば、出張など、遠方に行くと職場にお土産を買ってこないといけない「空気」
家庭でも、女性が台所に立つことがあたかも当たり前だという「空気」などです。

最近、妻の影響で韓国ドラマをよく見るのですが、
とあるシーンを紹介したいと思います。
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<風景:職場、20時頃、3人の先輩社員+1人の課長+新入社員の島の風景>
                 ※新入社員は実は経営者一族
上司(課長)   :あ~もう20時か~そろそろコーヒーが飲みたいな~
             カプチーノがいいかな。
 部下A     :私は、カフェラテ、よろしく。
 部下B     :僕は、抹茶ラテ。
 部下C(主任)   :私は、サツマ芋ラテを頼む。
 部下D(新入社員) :私は、普通のホットコーヒーが飲みたいです。
 
 そこで、課長がイライラし始めます。主任が課長の顔色をみて焦ります。
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はい、みなさん!どういうことか理解できたでしょうか?
ドラマでは、新入社員に買ってこい、ということを口では言わず空気でそうさせようとしているのです。
しかしながら、新入社員は、自分に言っていることとは気づかずにスルーしてしまうというシーンです。その新入社員は、主任に言われて、気づいて買ってくるのですが、後にその会社の経営者一族ということがばれて、上司とその他先輩たちが許しを懇願するという内容です。日本でもこういうシーンがあるかもしれませんね(笑)。
このように、韓国でもこういう体育会系のような世界があります。年上の方に対しては、例え後輩であっても、尊重しなければならないという暗黙の社会通念上の常識(風土)があります。見えない空気が生み出され、本来は従うべき義務ではないようなことでも、そのような社会通念上の常識(風土)がある場合、従わなければならないと思ってしまう事が、日本だけではなく、国や民族問わず、あることなんだと思います。

上記のようなシーンに限らず、空気を読むということは肯定的な意味合いで捉えることもできます。
「思いを察する」「言いたい事をくみ取る」「内容の裏を読む」「感情を推し量る」というような、人との関係性の向上や信頼を作るためには必要な能力として、実は重要な能力なのだと思います。

この「空気」の存在は、このように良い方向に働けば、良いのですが使い方を間違えてしまうと、
企業経営や職場運営上に非常に危険性をはらむような危惧すべきものなのではないか?
というのがこのネタ帳で私が言いたい事です。

最近ある本を手にしました。「空気の研究」(山本七平:著)という書籍です。
いかんせん、私たちはその「空気」とやらに支配されてることが非常に多いように感じます。
この本は、日本人という民族性がなぜ「空気」に支配されやすいか、ということをさまざまな歴史的な事例や民族的な背景をもとに解説されています。(詳細は割愛します)

この本の著者である山本七平さんは、空気に支配されることを「臨在感的把握の絶対化」と表現されていました。
臨在的というのは「(神が)その場に臨むこと。そこにおられること」という意味らしいのですが、ようはその場にある絶対的と思わせる事柄や意見が独り歩きし、大衆がそれを把握し絶対化してしまう現象という意味がわかりやすいだろうと思います。
空気が一旦醸成されれば、絶対化されてしまうので、止めることがとても難しいということです。
 ※身近な例だと会議において上位者の発言に対して、空気を読んで異を唱えないということや、
社会的な風潮で言うと東日本大震災の風評被害など代表的な例だと思います。

この「空気」を打破するには山本七平さん曰く「醸成された空気」を把握し「水を差す」行為が有効である論じています。

なるほど、そもそも日本人である限り民族的な特性として「空気」に支配されやすいということもあるし、
我々の会社生活でも「空気からの支配」はさまざまなシーンで当てはまる...いや、むしろ、空気を見て行動していくようなことばかり。水を差すことが重要なのはわかるけれど、果たして??(そもそも)水を差すことができないから様々な企業不祥事なども多く起きているわけで、、、

というようなことを思いながら、書籍などを読みながら一定の理解は進みましたが、
ここで私の立場で思ったことがあります。

「労働組合」で考えてみました。

どのように水を差せるか?かなり重要ですよね。山本七平さんを参考にしても日本人にはそれはとても難しいことだと思うのです。簡単なことではないです。私の経験上でもそう思います。
なぜなら、それを言えば完全に相手に嫌われてしまうかもしれません。権力のある人が制裁してくるかもしれません(韓国ドラマのように)。とてもリスキーですし、全体の足並みを乱すかもしれません、勇気も伴います。

私は最近の企業不祥事の問題もそのような「空気」の支配から脱却できずに、起きてしまっていることだと言えると考えています。
組合でも日々対峙している会社とのやりとりで、駆け引きや交渉を行う際に特に多いと思います。

例えば、経営的な局面で、社長をはじめ経営層がある重大な判断を下したとします。
確かに経営責任は従業員にはありません。しかし、その判断は会社が傾く可能性がとても高く、従業員の多くが傷つき、疲弊してしまうような判断内容である場合、私達は経営陣に水を差すことができるしょうか?
それとも、忖度し空気を読みそのままスルーしてしまうのでしょうか?
そもそも私たちは水を差せる状況を日々、作れているのでしょうか。

このような問いは、労働組合から会社を良くしていこうというミッションを持つ弊社からすると、重要な「問い」であると思っています。

しかし、良薬口に苦しと言いますが、このような経営陣からすると苦言に思える問い(情報)を労働組合は、
どれだけ経営と対峙し伝え、話せているのでしょうか。また、そのような労使の話し合いの際には、労働組合は建設的に水を差せる存在、または後押しできる存在だという認識を労使で握れているかどうかも重要だと思います。

もっとミクロな視点で言えば、
職場の役員は職場で上司と部下でこういった建設的な批判力(問いかけ)を発揮し、上司と職場の問題を話し合い、職場運営に貢献できているのでしょうか。ここは、今日の中間管理職層は常に悩んでいることでありますが、私たち組合役員はそのような悩める上司の相談役になれているのだろうかということです。

このように読み解けば、「韓国ドラマのシーンのような職場で起こりうる事象」や「空気の研究(書籍)」を参考にしてみるだけでも労働組合の活動のスタンスを考えていくにあたって学びになるのではないかと思いました。

私達も労働組合を通して、全ての働く人々を元気したい、職場を良くしたい、会社を良くしたいと
日々考えています。必要な局面において、しっかりと経営に提言し、建設的に水を差せる状態を作れるような労使関係と職場づくりをしていくための取り組みをもっとみなさんとご一緒していきたいと心から思う、今日この頃でありました。

横田 直也j.union株式会社 大阪支店

大阪支店に来て10年目になります。最近はマンガ「キングダム」にドハマりしております。
好きな言葉は、孫子の兵法から…「将とは智・信・仁・勇・巌なり」

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