2020.06.28
「個人の働きやすさ」と「組織の働きがい」の間で

個人と組織の間で揺れる雇用関係

テレビを観ていたら「トヨタイムズ」で「雇用を死守する( https://youtu.be/BFyZaju6zys )」が流れていた。
興味を持ってYoutubeを検索したら、トップが「今期もサプライヤーのためにも国内300万台生産は死守する( https://www.youtube.com/watch?v=CA1DkaxJfUA )」と宣言していた。
トヨタさん(以下敬称略)らしい、覚悟あるメッセージだ。
そんな力強いメッセージを発信できる背景には、会社の基本理念にも掲げられている「労使相互信頼・責任」文化とそれで築き上げた強固な組織の足腰があるのだろう。

バブル崩壊してから3年経った1995年5月、経営者団体の日経連(現 経団連)が「新時代の『日本的経営』」を発表した。
働く者を
「①長期蓄積能力活用型グループ」
「②高度専門能力活用型グループ」
「③雇用柔軟型グループ」
という3つに分類(雇用ポートフォリオ)する提言であった。
主内容は、職能から職務主義思想への転換であり、日本の働く者の多くが、有期雇用契約・年俸制・業績給の「②高度専門能力活用型グループ」か有期雇用契約・時間給制・職務給の「③雇用柔軟型グループ」に分類された。
職能主義の終身雇用ではなく、職務主義の有期雇用契約という衝撃的な経営論であったために頓挫した。

現在の「働き方改革」とは、まさに仕事の職務給(ジョブ)化を志向している。
職務さえ果たしていれば働く場所や時間の自由裁量も拡大する。
副業もできるし、理論上は定年制度もなくなる。
多くの組合員にとって反対する理由はない。

「自由」が増えれば、当然「(自己)責任」も増えてくるのが世の常だ。
職務主義だとその仕事(職務)がなくなったり、職務遂行できなければ、会社は配置転換などせずに解雇するのが合理的判断となる。
経団連の会長さえも終身雇用の限界を言い始めた。
日本でも金銭解雇制度も整いつつある。

自由と引き換えに雇用が危ないのだ。
だからこそ、「雇用を死守する」というトヨタからの経営者(や労使)への警鐘なのである。
「人生の多くの時間をその企業とともに歩んできた社員を、お金で合法的に解雇して本当によいのですか。」、と。
旭化成や大阪ガスなど多くの日本企業の多角化の歴史を遡ると、雇用確保を最優先にした経営者の矜持と労使の挑戦が垣間見られる。
でも最近は、人事部門をHR(Human Resources)部門などと呼んでいる。
「ヒト(human being)」は、いつから等価交換(解雇)可能な「人的資源(Human Resources)」に格下げされたのか。

解雇の乱用がないとしても、職務給では他にも副作用がある。
職務(ジョブサイズ)が拡大しない限り、昇給や昇格の義務は会社にない。説明責任(アカウンタビリティー)が組合員個人に移る。
逆に言えば、組合員の個別労使交渉力を高めることが昇給や雇用確保支援に結びつく。

「働きがい」や「生きがい」は、他者からの贈り物

働き方でも暮らし方でも個人の自由が拡大することは素敵なことである。
自宅で働き、副業自由。買い物はAmazon、娯楽はNetflix。
でも、よく考えて欲しい。
我々は、組織で働き、地域で暮らしている。
個が分断された「働き方」、コミュニティに属さない無縁な「暮らし方」で本当に幸せになれるのだろうか。
筆者は、面倒くさい人間関係や煩わしいしがらみ(組み合い)の中でしか、真のつながり・本物の助け合い・心からの安心感は得られないと思う。
「働きがい」も「生きがい」も一人ではなかなか実感できない。
「働きがい」や「生きがい」という「幸せ」は、他者(仲間)からの贈り物だからである。

服部 恵祐j.union株式会社 取締役副社長

「ご機嫌な職場づくり運動」に夢中です!

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