j.union株式会社

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2021.11.28
コロナ禍における仕事と生活の調和

◆生活様式の変容

私の住む東京も、ほどなく冬を迎えようとしています。未知で得体の知れない相手であるウィルスに対する狂騒が落ち着き、恐怖心も多少和らぎ、日本においては行動制限も徐々に解除され、人々の行動範囲も広がってきています。

さてこれを書いている今も、在宅ワーク(といっても中学生の男の子の部屋を学校に行っている時間だけ、間借りしているのですが)で縦横数10㎝の画面を何時間も見つめ、画面を通じて社内外の方々と会話し、そして文字を打っています。

仕事時間とおうち時間(時々メディアで耳にするので内心、少し違和感ありますが、そのまま使います)のメリハリのつけ方は人によってさまざまでしょう。心身ともに弛緩してリラックスできる居住空間において、多少なりとも緊張を強いられる仕事空間を一時的に創出しているともいえます。段々そのことにも慣れてくるのですが、日中に窓の外をふと見て、真っ青な空を見あげると、狭い空間(子供部屋の間借りだから仕方ない)に長い事居るのが窮屈に感じられることもあります。

◆コロナ禍で浮かび上がるもの

組合の役員の方とお話していても、現在のコロナ禍においては、ワーク・ライフ・バランスということが以前に比べ、話題になる回数が減っている気がしています。

かれこれ2年近く、嫌が応でも他者との交流、交歓が減ると、自分の内側と対峙する時間が相対的に増えていきます。自身もコロナに罹患した身であり、誤解を承知で申し上げますが、コロナが社会に与えた功罪の功の部分があるとするならば、そのひとつは自分と向き合い対話する時間が増えたことではないかと感じています。

生命を脅かす危機の中で浮かび上がってくるもの......。

自分にとって大切な人は誰か、大切な事柄はどのようなことか、行動の制限なく自由に人も空間も往来できるとしたら、触れてみたいことは何か、訪れてみたい土地、あれこれ想像を巡らせて、このような危機の中でも少し穏やかな気分になります。

◆ワーク・ライフ・バランスと寛容さ

「老若男女誰もが、仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発など、様々な活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態」
「多様であることそのものに価値を見出し、受容すること」

これは平成19年(2007年)、内閣府男女共同参画会議「仕事と生活の調和に関する専門調査会」が発表したワーク・ライフ・バランスの定義です。随分前のものですが、個人的には一番しっくり来る感じがしています。自ら希望するバランスで展開するというのが味噌で、ワーク・ライフ・バランスは多様であることの受容にもつながっているという感覚がすんなり入る理由かも知れません。うまく説明できませんが、これほど人間同士の身体的、精神的な接触機会が減り、自分のテリトリーに閉じこもりがちになると(間借りしている中学生男子は、友人たちとSNSやソーシャルゲームを通じて軽やかに交信しているように見えますが)、身を守る本能も作用してか、他者への警戒心が増し、攻撃性が増幅するのかも知れません。SNSなどのように人工的に創られた空間においても、目の前に立ち現れる現実世界においても、起きている事の性質、人々が事にあたる作法などを見ていると他者への不寛容さに目をつぶることもあります。

◆まだ見ぬ組合員へ思いを馳せる

遠くない将来、コロナ禍以前のように、労働組合内、あるいは組合相互のさまざまな交流活動を通じて、組合員の交流、交歓が活発になり、他者との交流を通じて、自分自身が浮かび上がる、再発見ができる機会が持てるようになるといいなと思っています。

そして多くの組合員が、ライフステージに応じ、自ら希望するバランスで仕事も生活も展開できる状態であること。さらに労働組合の存在が、コロナ禍を過ごした組合員を受容し、さらにコロナ禍において若い時代を過ごした現在の子供たち、すなわち未来の組合員に扉を開き、温かく迎え入れてくれる寛容な組織であることを願っています。

松山 晃久j.union株式会社 東京支店 

最近パンケーキをはじめスイーツにはまりつつあります。
メタボ予防で体脂肪率10%を目標としたものの、
まだまだ遠い道のりになりそうです。

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