j.union株式会社

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2022.02.06
生産性をめぐる国民的誤解

今年もまたこの季節がやってきた。多くの労働組合が集団的労使関係の中で最も注力する春闘である。 かつては「国民春闘」とも呼ばれた大衆(労働)運動も、今や雇用労働者の16.9%(国民の8.0%!)というマイノリティによる運動になってしまっている。私自身も労働組合に強い思い入れを持ち、心から応援する立場だからこそ、この現実を見つめて労使交渉の質的転換を提言したいと考えている。


◆底上げ・底支え・格差是正に本気で向き合っているのか

数年前のことになるが、私が尊敬する連合地方連合会の幹部の方(当時)からお聞きした話をことあるごとに思い出す。その方がある大学で出前講座の講師をされたとき、大学生に向けて「労働組合のイメージ」を問いかけたところ「小金持ちのおじさまたちの社交クラブみたいな印象」という発言があったそうだ。
読者諸氏はどのように感じられるだろうか。

私自身は即座に反論したいような、丁寧に説明したいような、複雑な思いを抱いた記憶がある。が、しかし同時に思い出したのが2003年の連合評価委員会の最終報告書と、その学生の感性が酷似しているという率直な感想だった。つまり「すべての働く仲間」を意識した運動になり切れていない。さらに言えば弱者の立場に立った労働運動になっていないという世間からの評価なのかもしれない。もちろんリーディングカンパニー・産業が賃金相場をけん引していく論理やトリクルダウン方式の経済成長も理論的には分かる。

しかし、現実的には一部の企業の高賃金は実現してきたが大多数の組合員には波及せず、雇用形態の違いも含めて絶望的な格差を生み出している現実がここにある。「自分ファースト」の運動は世論の支持を得られず、結果として結集軸になり得ないのだろう。

◆「働くことを軸とする安心社会」を実現するためには

「私たちは何のために働くのか?」という哲学的な問いがある。
ある人は「生活(=金)のため」、またある人は「社会貢献(人の役に立つ)のため」、さらに「働きがいや自己成長のため」などワークショップ型の研修では、本当に多様な意見が出される。個人差はあれ、それらが複合しているのだと思われる。もちろん同じ人でも年齢や立場、そしてライフステージによって重要性のウェイトは変動するものなのだろう。 少なくとも住宅ローンの返済や老後資金の積み立てのためだけに働いているのではなく、日々の生活や仕事の中からも楽しさを見出し、イキイキと誇りをもって生きたい・働きたいとみなさんも願っていることだろう。 そのためにも自分たちの労働の価値を高めていくことが求められる時代になってきている。

◆日本の労働生産性は低く、ゆえに賃金も低いというのは本当か?

OECD(経済開発協力機構)の国際比較では主要先進国のみならず、新興国と比べても日本のGDPは伸び悩み、人口で割り戻した一人当たりの生産性も中位から低位にあるのが現在の日本だ。賃金上昇も過去25年近く停滞し、諸外国は着実に上昇がみられる。 生産性を高めるとなると「省力化・効率化・DX化推進」などと、いかに人手をかけずに利益を上げるかという発想に固執する経営者や学識経験者が多いのはいかがなものか。本当に製造やサービスの現場を知っているのだろうか。さらに雇用と消費の拡大という社会的公器の視点を放棄してはいないだろうか。日本企業は世界有数の品質や生産効率を実現しているにもかかわらず、なぜ付加価値を高め切れていないのか。理由はただ一つ「生み出した付加価値を換金するのが下手だから」である。

つまり生産しているモノやコトに対する売価を高めることができれば同じ量の生産でも労働生産性が高まったことになる。ここは政労使で話し合い、賃金も物価(取引価格)も高めていくという国民的合意形成を図っていくことこそ重要だ。デフレに苦しんだ四半世紀のターニングポイントにしなくてはならない。もはや官製だの交渉結果などとこだわっている場合ではない。期待されているのは結果だ。

大川 守j.union株式会社 取締役

労使が協力して「働くことを歓びに変える」。
すべての働く人々の幸せに貢献したい思いです。

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